『大日本史料』 11編 19 天正13年閏8月 p.17

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共、平助はつかぬと云、然間敵之中へ入而、味方が歸しくるかと見ける處に、十七八成わ, 一郎を少つく、然る處に大久保平助前ゝ來るを、道中と思ひ而つきければ、五右衞門に, と申ければ、平助云、へき五右衞門と云につきおとせと云時、足立善一郎がはしりかゝり, 思ひ、味方と心得て、敵の中をとおりける處に、大久保七郎右衞門尉弟の平助につかれ, 敵にて有ぞ、それつきおとせと云ければ、八滿へき五右衞門にて有ぞ、敵にはあらざる, 付たる者共が、やりを四五本もちけるが、二三本にて平助がやりをからみてなげければ、, なおしてつかんとする間に打とおる、けた甚六郎が前へゆきける時、又平助云、甚六郎, それつけといゝければ、はしりかゝりてつきけるが、是もおひさまなれ共、ひぢのはづ, 共がならびいたる□中を、敵としらで〓處を、平助が見て、それは三つまきをせざるは, たると云ければ、平助云は、いや〳〵我もつきはついてあれ共、我がつくやりはまけら, てつきけるが、くらのあとわへあたる、五右衞門が共に來る者が、やりを取なおして善, にはあらずと云けるが、五右衞門尉は平助につかれたるといへばおぼへと心得而云けれ, れ之こしわきにあたらん、然間へき五右衞門尉か申は、河中嶋衆之早くすけ來りたりと, れ而、五右衞門尉にあたらず、けた甚六郎とて七郎右衞門尉者が、やりがあたる成、我, 氣多甚六郎, 及ビ足立善, 大久保忠教, 日置ト戰フ, 右衞門ト戰, 郎日置五, 天正十三年閏。八月二日, 一七

頭注

  • 氣多甚六郎
  • 及ビ足立善
  • 大久保忠教
  • 日置ト戰フ
  • 右衞門ト戰
  • 郎日置五

  • 天正十三年閏。八月二日

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  • 一七

注記 (22)

  • 278,722,57,2237共、平助はつかぬと云、然間敵之中へ入而、味方が歸しくるかと見ける處に、十七八成わ
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