『大日本史料』 11編 19 天正13年閏8月 p.15

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きけるに、乙部豆吉が一之矢をはなしていはづし、二の矢をつがはんとしたりける處を、, 門尉てつほうにて、押合而のきける、此外にも十二三人可有けれ共、跡には此者共がの, によくかたりてくれよと云もはてざるに、はやはいぐんしたりければ、佐門はことばの, も付不申間、爰元之儀は、其方など見られ候分に候へば、只今にげちり可申間、佐門は, おもなして、そないもさだまりてもめず、其者共は朝寄ほねをくだきてかけ引したりけ, 是にて打死を可仕候間、若其方之命ながらへ而、引のき給はゞ、佐門が申つる由、主計, 只今迄は昔之てつほう之者共が有つる間、よく心得而、人之云事おもきゝ候へば、げぢ, ためきて、げぢを云にもみゝにも不入して、ことおか敷あわてたる事に候へは、げぢに, れば、只今西東もしらざる、物に合付たる事もなき者共を、かわりに越たれば、あわてふ, てはしり出、鑓をくり出し、ひざぐるまにのせていたる處へ、敵おふぜい押かけければ、, つつたちて、おふぜいの者共と花々とつき合而、場もさらずうたれければ、其寄彦右之, 衆ははいぐんしたり、七郎右衞門尉者は、乙部豆吉・本田主水兩人弓、くろやなぎ孫左衞, ごとく、場もさらずして打死をしたり、鳥井彦右之者共は、一段高き所を引のきけるに、, 戸石之城寄出ゝ付、是もきつ〳〵と付ければ、早ならざる間、こ見孫七郎が人にすぐれ, 士尾崎左門, 平岩親吉ノ, 鳥居元忠ノ, 討死ス, 郎討死ス, 士小見孫七, 天正十三年閏八月二日, 一五

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  • 士尾崎左門
  • 平岩親吉ノ
  • 鳥居元忠ノ
  • 討死ス
  • 郎討死ス
  • 士小見孫七

  • 天正十三年閏八月二日

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  • 一五

注記 (22)

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