『大日本史料』 10編 10 元亀3年8月~同年12月 p.204

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れば、兄之大久保次右衞門が申は、藤一左樣に御取合は被申そ、御身をちからとせずン, はづし給ふを見て、我も馬ゆがけをはづしたると申せば、藤一申は、次右左樣にはなし、, ば、せがれが何とて立とゞまらん哉、方々の故に有つるぞと申せば、御方之弓ゆがけを, 申せば、いや〳〵御身の弓ゆがけをはづしたるに心付、我もゆがけをはづしたと申ば、, 上樣は御わらわせ給ひ而、其儀はまづおけ、勘七郎、汝があやかりと云にはあらず、見付, いへかけあげ而、のり付ける程に、頓而ひとことの坂之おり立にてのり付けるに、梅津は, しきりのり付られてならざれば、がん石をこそのりおろしける、其時大久保勘七郎は、, 坂之おりくちにて、御身の馬ゆがけをはづし給ふを見て、我等も弓ゆがけをはづしたると, とつて歸して、てつほうを打けるに、一・二間にて打はづす、其時上樣之御状には、勘七郎, は何として打はづして有ぞと被仰ける時、其儀にて御座候、都筑藤一郎が弓をもちて罷, 有によつて、其をちからと仕て、はなし申つる、纔一・二間ならでは御座有間敷、定而くす, りはかゝり可申、莵角と申内に、我等がおくびやうゆへに打はづし申たると申上ければ、, のだい寄おひ立られ而、のきたる間、せいきのせきあげたる處に、定而汝はてつほうを中, 藤一申は、勘七郎が立とゞまりて打申ゆへに、我等はれうけんなくして罷有つると申け, 大久保忠正, 一言坂ノ戰, 鐵〓ヲ射損, 忠正ノ辯, 元龜三年十月三日, 二〇四

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  • 大久保忠正
  • 一言坂ノ戰
  • 鐵〓ヲ射損
  • 忠正ノ辯

  • 元龜三年十月三日

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  • 二〇四

注記 (20)

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