『大日本史料』 9編 2 永正6年10月-永正7年12月 p.739

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そのかみ新つくは集の事なとおもひつゝけて、, 世の遺言なりとて、墓のしるしに櫻をうへなとせし跡、今に猶むかし忘れ, 自在院僧、惟嗜倭詠、祈福於住吉社, す、花も咲侍るとなん、その塚の草ぬかく、葎閉て、露分る人も見へさりしに、, つくは山しけき〓葉の花の露苔の下にもひかりみゆらん, 河といふ所に住る江春庵とて、關東乃名醫あり、そのかたにて、療治せられ, と、源直朝臣乃桂林集に見へしも、あはれなる昔かたりなりかし、, しかと、しるしやあらさりけん、同七年六月六日、此病にかゝりて、終に此所, にして身まかられしを、ほとちかき北野和田村萬福寺におさめて、ありし, 異人投梅花朶於左袂了妊、足十三月産、後花本兼栽是也、幼穎異也、薙髮爲, 〓中風わつらひはしめて、あしのはこひも心まゝならぬを、からうして古, 此頃猪苗代小出方村主石部丹後之宅有一醜女、壯歳無偶、祈于邑菅神廟、夢, 也、屡望連歌之席、以句秀多被妬、, 弘化四丁未年臘月合寫之、櫻處閑人, 〔會津舊事雜考〕五應仁年己未文明元年, 昌成記, 其神今城, 西住吉也, 載ヲ生ム, 自在院ノ, 寺ニ葬ル, 僧ト爲ル, 秀句ヲ以, テ墓標ト, 下野萬福, 祈リテ兼, 母天神ニ, 櫻ヲ植ア, テ妬マル, 永正七年六月六日, 七三九

割注

  • 其神今城
  • 西住吉也

頭注

  • 載ヲ生ム
  • 自在院ノ
  • 寺ニ葬ル
  • 僧ト爲ル
  • 秀句ヲ以
  • テ墓標ト
  • 下野萬福
  • 祈リテ兼
  • 母天神ニ
  • 櫻ヲ植ア
  • テ妬マル

  • 永正七年六月六日

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  • 七三九

注記 (31)

  • 1201,640,55,1427そのかみ新つくは集の事なとおもひつゝけて、
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