『大日本史料』 9編 10 永正16年10月-永正17年3月 p.75

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廿八日、和氣郡新田庄安養寺に勢揃へをして、其勢二千餘騎、已に播州勢の後を討んと, 時にか雪くへき、一足も退かす、皆打死せよと聲をあけ、兵を勵まして打てかゝれは、, き、我先にと逃て行、三穗田新左衞門只一騎取て返しけれは、是を見て、必死を期したる, く、大將政村、ふみ留りて戰ひしを、近氏すゝめて引退しめけれは、諸卒誰かこらゆへ, 越前守貞邦并菅野・花房等打て出て、赤松勢の横を討けれは、終に寄手戰ひ負て引退, 衞門・菊野小隼人等、七郎兵衞を助けて打て出る、七郎兵衞、是に力を得て、爰をせん, 七郎兵衞も進みかね、色めき立所を、城中櫓の上より村宗是を見て、松の字の旗を立た, と戰ふ、寄手も今を〓期と攻戰て、何れ勝負とも見へさる所に、搦手の城戸より、眞木, 者とも十四五騎返し合て、追かくる敵を支へけれは、城兵等進み得す、三穗田四面に當, るは大將政村と見ゆるそ、あれ討取れと下知すれは、宇野丹波・東條入道順格・佐鋪右, なす、城兵宇野・東條も諸卒をまとめ、早く城に引入る、其後は播州勢も攻んとせす、, りて戰ひ、終に打死したりける、其ひまに、政村もやう〳〵引取、人數をまとめ備へを, 三石の四方に陣を取て、只遠攻にして居たりけるか、香々登の城の宇喜多和泉守、同月, 村國か備へを駈立れは、寄手ひらきなひく、政村、旗本を進め、去年負軍の辱をいつの, 永正十六年十二月三十日, 討死, 左衛門ノ, 三穗田新, 能家後詰, ノ風聞, 永正十六年十二月三十日, 七五

頭注

  • 討死
  • 左衛門ノ
  • 三穗田新
  • 能家後詰
  • ノ風聞

  • 永正十六年十二月三十日

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  • 七五

注記 (22)

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