『大日本史料』 9編 16 大永2年4月-大永2年9月 p.239

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もひ成ることにて、さらはまつ山田まて著岸の比まかりむかひて、年月のつもりをもな, 此度伊勢の國に下り侍りしことは、いぬる年のすゑつかたにや、駿州より宗長禪老たよ, 山田のをの〳〵馳走、めをおとろかしつ、, なりぬ、あはれ春のころ、予參宮のついてもあらは、兩吟にもとおもひよりたるは如何、, とまうしおくられ侍りき、うちみるよりあるましき事とおもふにより、返事をさへおこ, しかはあれと、老のつもりことの外にて、沈吟もことゆき侍らぬまゝ、二とせ三とせに, りの文して、まうしおくられしは、大神宮立願として、獨吟の千句おもひたつことあり、, たり侍るを、さしおかすもよほされしかは、又うちかへし、此道のおもひてにもやとお, 梅咲てあらしもなひく柳かな, 〔佐野のわたり〕, 梅咲てあらしもなひく柳かな宗長, 傍に有し時、御芳恩、且は其謝とも可申にや、第一の御發句、京都より申下す、, 御法樂として立願申せし事なり、紫野大徳寺眞珠庵の, 毎日二百韻兩吟、五日にはてぬ、此千句の事、今の管領高國、江州より御入洛の刻、, あさ日かけ四方ににほへるかすみかな高國, 國、近江ノ兵ヲ率ヰテ入洛シ、三好之長ヲ破, ルコト、永正十七年五月十一日ノ條ニ見ユ、, 下略, ○上, 兩吟千句ノ, 興行ヲ申入, 宗長宗碩ニ, 高國ノ發句, 細川高國近, ノ時ノ發願, 江ヨリ上洛, 大永二年八月四日, 二三九, 高○

割注

  • 國、近江ノ兵ヲ率ヰテ入洛シ、三好之長ヲ破
  • ルコト、永正十七年五月十一日ノ條ニ見ユ、
  • 下略
  • ○上

頭注

  • 兩吟千句ノ
  • 興行ヲ申入
  • 宗長宗碩ニ
  • 高國ノ發句
  • 細川高國近
  • ノ時ノ發願
  • 江ヨリ上洛

  • 大永二年八月四日

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  • 二三九
  • 高○

注記 (29)

  • 284,655,55,2231もひ成ることにて、さらはまつ山田まて著岸の比まかりむかひて、年月のつもりをもな
  • 1025,654,57,2236此度伊勢の國に下り侍りしことは、いぬる年のすゑつかたにや、駿州より宗長禪老たよ
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