『大日本史料』 9編 20 大永3年4月-大永3年9月 p.40

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火、攻殺太守、劫掠以皈、, 四月、細川常桓、遣商船于大明、以明人宋素卿爲導師、大内義興、亦遣商舶、發自防州、, 先だちて寧波に着す、素卿寧波市舶大監に賄賂し、宗設よりはやく府に入る、宗設大に, ズルコト、便宜左二合敍ス、, 憤りて、府を騷がす、これよりして、素卿はもと輪人にて、朱縞といへる者なるが、日, 本に亡命して、姓名を變じ、細川氏の使人となれること露顯して、國法に處せらる、宗, ○コノ後、朝鮮王▽懌、宗設ノ黨中林・望古多羅ノ朝鮮ニ漂流セルヲ捕へ、明ニ獻, 以宗設爲使、相繼到寧波府、各爭〓太守先後、素卿後至、納賂先出、宗設大怒、引徒放, 〔編年小史〕, 設・瑞佐ハ、使事をはたして歸國せり、王代一覽・京都將軍家譜・異稱日本傳, 是年、僧宗設を明に差遣す、細川高國より宋素卿、及び僧瑞佐を遣ハす、宗設素卿等に, 〔中宗大王實録〕四十八, 下陸、乞食於閭里、府使李繼長與許沙浦萬戸馳往、得生擒一名、其餘八九名皆拔劍拒, 計黄海道觀察使蘇世讓馳啓曰、倭船一隻到泊于豐川境、八九名, 内中, ○本書、今ソノ所在ヲ詳ニヤ, 姑ク稿本ニヨリテ收ム, 略, 蘇世讓豐川, 二到泊乞食, 逐ヘルヲ駒, セル倭船ヲ, 啓ス, 大永三年四月三十日, 四〇

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  • ○本書、今ソノ所在ヲ詳ニヤ
  • 姑ク稿本ニヨリテ收ム

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  • 蘇世讓豐川
  • 二到泊乞食
  • 逐ヘルヲ駒
  • セル倭船ヲ
  • 啓ス

  • 大永三年四月三十日

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  • 四〇

注記 (25)

  • 716,620,59,654火、攻殺太守、劫掠以皈、
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  • 1461,610,69,2272憤りて、府を騷がす、これよりして、素卿はもと輪人にて、朱縞といへる者なるが、日
  • 1339,609,68,2278本に亡命して、姓名を變じ、細川氏の使人となれること露顯して、國法に處せらる、宗
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