『大日本史料』 10編 2 永禄12年3月~同年6月 p.711

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とふ人もなけれは、すい坂に曰くらしてたとり付ぬ、私宅より持て來れる, り畢、若州御隱居より御詠二首、御使丹後さかひまて有て、和漢なと御興行, 道乃たよりと、御奏者まて申上けるに、みな〳〵僞けるよとて、双帋なとあ, をよひよせ侍ぬ、知ぬ木の下霧の雫は雨にかさり、猿乃聲谷にひゝけり、道, もたせ、馬はやめ、きむかひ給へり、町若衆又携たる樽をくはへてつれ行け, あるへし、若州通に歸京申さとの仰こしたかひしかとも、おもはぬかたの, を、椎葉にもりて、上林人足をもやすめてかへしけり、隣家なれは、祐乘坊酒, 行のあらましはありなから、人數なとしか〳〵しからぬとて、發句所望こ、, 云所に付ぬ、夜中よりおきいそき、心前宗盛をは先にたてゝ、都より人馬迎, せらる、安久の城より十町はかり過て立別、丹波さかひの岸谷峠は、月に成, きいとなみ、人馬之心をそへられしゆへ、あまたの坂をこえて、宮のわきと, れは、長坂もみしかき夜の月十一日なれは、かくれなんとする比、宿に歸入, て上林雲州館こ入了、一日足をやすめ、嫡孫城なとへあかりけるに、一折興, 二夜やとりけるあるし、廿はかりなるか、風雅に心さしありて、鷄明よりお, 枕かす宿なくともの花野哉, 十一日歸, 宮ノ脇二, 著ク, 丹波ニ入, 京, ル, 永祿十二年閏五月二十四日, 七一一

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  • 十一日歸
  • 宮ノ脇二
  • 著ク
  • 丹波ニ入

  • 永祿十二年閏五月二十四日

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  • 七一一

注記 (23)

  • 996,692,67,2199とふ人もなけれは、すい坂に曰くらしてたとり付ぬ、私宅より持て來れる
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