『大日本史料』 10編 3 永禄12年7月~元亀元年正月 p.58

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中鹿之助、野木口えは米原平内、鹽谷口えは熊谷其外多勢こて相働候、御加, 十丁御渡候而、多治比之三戸右衞門允、佐東之玉木太郎左衞門兩人頭と被, 死人多く、案こ相違し、あわて騷く所を、隆重時分よしと言て、三百餘人を卒, されて、岸與九郎、相良新三郎を始、討たるもの十七人、岸左馬助其外手負六, れとも詮なし、隆重手柄無比類候吏、, 重思ふまゝに敵を引受、矢挾間を開き、弓鐵炮こて射立けれは、寄手と手負, 十餘人、漸迯返る、鹿之助等、天野こたばかられ、物笑之種こ成事よと忿りけ, 隆重事、小勢こて難儀仕候段被聞召、富落組之御鐵炮衆廿挺相添、深瀬六郎, 勢衆著不仕候者、可及大事候處と、各著仕候間、隆重轉堅固と城を相抱居申, 仰付、富田え被遣候、右之衆極月晦日と富田え著仕候、其夜こ、矢椙口えは山, し、門を開き打而出る、敵一支もならす悉崩る迯退く、隆重追懸、散々ニ打散, 兵衞、素良五郎兵衞兩人を頭と被仰付遣候、又御一手衆三十人こ御持筒三, 候吏、, 付、富田之城御加勢之支, 付、米原平内兵衞か支, 元就鐵炮, テ隆重ヲ, 助ク, 衆ヲ遣シ, 永祿十二年七月三日, 五八

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  • 元就鐵炮
  • テ隆重ヲ
  • 助ク
  • 衆ヲ遣シ

  • 永祿十二年七月三日

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  • 五八

注記 (21)

  • 517,647,67,2189中鹿之助、野木口えは米原平内、鹽谷口えは熊谷其外多勢こて相働候、御加
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