『大日本史料』 10編 10 元亀3年8月~同年12月 p.238

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といふ處へ陳屋を拵らへ、ゆる〳〵として被居候、, る処に、内藤三左衞門, 被成候事無之、信長よりは度々御頼被申候得は、少も御弓矢の心けに不相成候間、是, 非御頼被成、可然と被申上、漸御同心遊され、信長へ御加勢之儀被仰遣、信長早速承, 無戦の事、感入たる義こ候、右のやうす被見候て、, し、志賀のわき差、此二品を、平手監物に、信長と呉候、, 武田家よりあの物見人数をくい畄候樣と信玄被申付、大勢付申候、近頃有之候而、甲州, し、頼ましと被仰、因之、猶また申上候は、信玄と数年御取合に、一度も御加勢御頼, 知被致、十一月、一万九頭御加勢被申、馬笛ソラシ頭を明フエヲソル程と云心成へ, の人数存知申間敷と、其道を行候處、成程能案内存し候間、只近道の方は被申付候、然, ○御年寄中、信長へ御加勢を御頼被成候樣、被申上候得共、理運に成候ても、本意にな, 衞門を加勢に被遣、服部構太夫へ見廻見付候樣被仰付、其内信玄味方か原へ入、前山, 一、野田へ、松平与一郎忠正・設樂甚三郎貞通、高天神へ、青木所左衞門・本多太郎右, 〔可觀小説〕上一、味方原合皸前に、見付と而濱松の人数を数十騎物付に御出之処、, 〓早何とも人数引上候事成間敷候、此上之あのさわかち原の処にて、敵をさゝへ候て, 式部先祖之山、, 大坂御城番内藤, 元龜三年十月三日, 二三八

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  • 式部先祖之山、
  • 大坂御城番内藤

  • 元龜三年十月三日

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  • 二三八

注記 (19)

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