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〔大三川志〕, これを知らすして、大將菅沼使を以和を乞、我壹人自害すへし、諸卒の命をたすけらるへ, 城中の水を盡す、城兵これに屈ス、家康公援兵として、笠頭山に出馬有といへとも、城兵, といへとも、信玄の恨によつて同心せす、菅沼至剛にして能防く、信玄金ほりを催して、, しと、仍信玄城を請取て、菅沼を山縣に預けて、長篠に遣す、信玄使を以、濱松に遣し、, 新八郎、加勢は松平與八郎四百餘人、これを防く、家康公小栗大六を以、信長に加勢を乞, 山家三方、筑手・段乃峯・長篠の人質を其方にあり、菅沼を以これに替んと云、家康公の, を以、廣瀬の川中に於て、互に人質を取替ると云々、同十六日、信玄不例なるによつて、甲, 返事に、奧平美作か人質にかへむと、信玄これにしたかつて、二月十五日、互に二千餘人, 二十五年、御年三十二、, 大正元年正月七日、信玄三万の軍を以形部を出て、本坂を越、參州野田を圍む、城主菅沼, 大正元年癸酉春正月、武田信玄、去冬ヨリ刑部ニ兵ヲ屯シ、濱松ヲ襲ントス、石川家成二, 野田合戰之事, 府に歸らる、, 、○天正元年正月○信玄發刑部」, (頭書), (元龜四年、下同ジ), ○内閣文庫所藏, 十二, 信玄病ニ依, リ甲斐府中, ニ歸ルトノ, 説, 天正元年二月十七日, 八三
割注
- ○内閣文庫所藏
- 十二
頭注
- 信玄病ニ依
- リ甲斐府中
- ニ歸ルトノ
- 説
柱
- 天正元年二月十七日
ノンブル
- 八三
注記 (25)
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