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四郎殿を侍つかさに被仰付候、孫四郎と申は駟雲の事也、, まいかと被仰出候へは、兵法の事には合點なく、たゝきれと被仰けると心得て、妙永, 寺の佛たんの前に式部か居申候を、新右衞門は寺のえんのかけより、刀をぬきもちて、, の被仰候は、さらは孫四郎と仕合を仕り候へと被仰候て、互こぼくとうをとりあけ、, 宗半の御子息を大和守と申候、此子息三人在、舍兄は四宮殿に御なをし候、次男を篠, 御見廻申上候所、十河殿御内に十河新右衞門と申侍在、其人に御さゝやき候て、なる, 衆も新當流を稽古被成候時、式部か申候は、新當流は役ニ立申間敷と申に付、實休樣, うしろから袈裟かけに式部を打はなし候時、孫四郎殿腹を被立、十河殿を打果さんと, 波の國は内藤太郎兵衞と申人、新當流を教へ申ニ付て、實休様も、十河殿も、惣家中, 被申候付て、二日之間に孫四郎方へ人數五十騎集り候て、十河殿へ取かけ被申候時、, さうさもなく孫四郎仕勝候、其後十河殿は妙永寺と申法花寺御宿にて御座候に、式部, 原孫四郎と申候、三男を篠原左橘殿と申候、孫四郎殿は實休樣の御分國は、一圓に孫, 一、上方ゟ名人の兵法人式部と申者罷下り、孫四郎師匠として兵法の〓古被成候、又阿, 仰出候故に、頓て三好喜雲の臣下に被成候て、知行を一廉被遣、侍務に被定候、篠原, 學ブ, 長房十河一, 長房兵法ヲ, 新當流, 存ト隙ヲ生, 侍司, ズ, 天正元年五月十三日, 一二九
頭注
- 學ブ
- 長房十河一
- 長房兵法ヲ
- 新當流
- 存ト隙ヲ生
- 侍司
- ズ
柱
- 天正元年五月十三日
ノンブル
- 一二九
注記 (23)
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