『大日本史料』 10編 16 天正元年4月~同年7月 p.132

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ゝ申候、赤澤宗傳と申は、御屋形樣・家老實休樣の位の人にて候つれ共、駟雲と別而, 入魂被成候に付テ、無體なる討死をいたはしきと被仰、高野に三年住著被仕候、, 一、駟雲のゆいごんに、我果たりとも、五年は長春様阿波の國を御持可被成候、五年す, 一、市宮殿と長春樣とはいとこにて候へ共、無理成事に被果候事、いたはしきと被仰、, かけて御果被成候、御とぎにはて候人數六拾人、か樣に御伽の多き事は前代未聞と沙, 是をたすけてくれられ候へと被仰候、庄野和泉は駟雲の御供仕候はん覺悟仕候へ共、, 汰仕候、鉱雲はせひのなかき人なるゆへに、被果て後も讚岐や伊與にて相見たるなと, 事ノ外御悦にて、則知行を和泉に添て被下て、鶴石をそたて申候、則駟雲は家に火ヲ, き候はゝ、人の國に可成と被申置候、少も違ひなく候を、扨々不思議なる御事を被申, は、仕合能候て、敵の中に伊澤越前と申人は、鶴石殿ためには母方の叔にて候ニ付而、, 駟雲と一味にて候つるにより、駟雲の御果候て後に、一宮の城をせめてのち、あつか, 是非共鶴石共をたすけよと被仰候ニ付、鶴石殿を駟雲の御子息と一度にいたき出候へ, いになり申候、, 置候と沙汰仕候、, 長房ニ殉死, 長房ノ遺言, ノ人, 天正元年五月十三日, 一三二

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  • 長房ニ殉死
  • 長房ノ遺言
  • ノ人

  • 天正元年五月十三日

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  • 一三二

注記 (19)

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