『大日本史料』 10編 16 天正元年4月~同年7月 p.133

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四、篠原自遁大形殿忍々被召寄事、付樂首之事, 沙汰の穿鑿仕人はなし、玄蕃殿へ申上候へは、酒にしようねはぬけはてゝ、理非をわ, 見へ給へドモ、花ノ下紐解初テ、心ノヲクノ信夫山、忍ビテ通フ道芝ノ、露ノ夜語リ諸, ル心地モナク、自剃髮染衣ノ姿トハ成タレ共、サスカ捨モヤラレヌ世ノ中ノ、心ニ發ラ, 成ケル、爰ニ大形殿ト申シハ、篠原肥前入道自遁ヲホノメカシ給ヒ、上部ハ餘所ノ梢ニ, 三好豐前守義賢入道實休、泉州久米田ニテ被討サセ給ヒケレハ、生殘タル武士共世ニア, をのまぬ人は御意にちかい候ニ付て、夜晝と有きわもなく、酒もり被仕候へは、公事, 一、篠原自遁の先腹の子息ニ玄蕃允と申は、長春樣といき相兄弟にて候、大酒のみにて、, ものむ人也、眞性根は少もなく候て、青屋なとに名字を御やり候、其外の小性衆も酒, けらるゝ事なけれは、理を非になし、非を理になし、腹をたつる人計にて、國中に恨, ヌ菩提ノ道、爭カ末ノ通ルベキ、故郷ヲ隨テ立歸、幼稚ノ公達ニ付奉リ、奉公ノ道ヲソ, 夜晝酒もりめされ候、長春様の小性に山ノ井圖書と申人なと、御酒を一日に壹斗貳升, なき人なし、, 〔三好軍記〕中, 實休ノ後室, 實休ノ遺臣, 通ズ, 阿波ニ歸ル, 篠原自遁ニ, ノ租政, 篠原玄蕃允, 天正元年五月十三日, 一三三

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  • 實休ノ後室
  • 實休ノ遺臣
  • 通ズ
  • 阿波ニ歸ル
  • 篠原自遁ニ
  • ノ租政
  • 篠原玄蕃允

  • 天正元年五月十三日

ノンブル

  • 一三三

注記 (23)

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