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守、此外宗徒之人々者、何も劣ぬ武兵にて、先陳を被成けり、亦後陳之御太將には、, としられたり、爰を以て御太將軍修理太夫義久様之一首の御詠ニ被遊處也、, 頸の山ヱ忍ひ入り、牛根の城の切岸を堀崩す仕合せを城内衆はきつと見て、爲方な, さは無限、城地頭ヱ備前守是を見て、爰を專度と防け共、深く堀入る事なれは、岸, 付衆者是を見て、敗軍も理り也、陳具足も取捨て、跡を先と逃行く者は、運の究め, 大口衆酒瀬川奉膳兵衞尉と、久留伴五左衞門尉とて兵もの有梟るが、夜に紛れて野, 我先かけんと被討出、其中ニ一番の御太將に者、又五郎様御供の兵ものヱ上原長門, と矢印ニ被書付、牛根の城内に射送て、追付間の垣をいわせらるゝ、懸り梟る處と、, んとて、伊地知・肝付兩家の勢者寄せ來る、茶園か尾ヱ向ひ陳を取ん爲、天正二年, 御本陳之御手勢拾萬餘騎にて被打出、此外の三陳衆手寄〳〵ヱ勢を被出てけり、肝, 正月三日の事成るに、拂曉より聞取として、功の兵物被討出て、をはばにあかり梟, る間、早や敵合を仕り、年頭御吉左右を被申上、懸り梟る處ニ、御方陳の軍兵は、, 左衞門督年久樣、三千餘騎の勢にて、猪の鼻ニ打上て、如何にも進んて見得給ふ、, 弓も牛根もをれ矢ぞと引替て甲そぬかばやかて安樂, 天正二年正月十九日, 五六五
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- 天正二年正月十九日
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- 五六五
注記 (16)
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