『大日本史料』 10編 25 天正2年10月~同年是歳 p.84

Loading…

要素

ノンブル

OCR テキスト

討んとて、六十を限十五以上打立て、七百餘人と聞へしが、北の庄の城へ推いり、時の, より、肩先を一鑓つく、大男以て開き、鑓おつとりたぐりより、刀を振あけ、既に討よ, 同十二月上旬、大雪降積り、何方も油斷の時を幸とし、東郷康原村の者共、下間和泉を, ず、され共和泉は鑓提走出、寄手の躰を見渡せば、眞先に進來る六尺有餘の大男、長き, しを、大勢打より、大男が頸終には討てさし上る、和泉か者共、是に競ていなれ懸れは、, り、口も手足もこゞへはて、足を拔んとすれども叶はず、泥にまびれたる魚のごとく其, 聲をぞあげたりける、和泉が者とも思ひ寄さる時なれば、周章ふためき、取物も取あへ, 刀を拔持て、のがすましとてかけ向ふ、和泉弱氣を見せしとや思ひけん、する〳〵と走, 十人一度に瞳と出れとも、彼大男は退すして、向ふ者に引組て上に成下になり、辷合ひ, と見へしが、和泉鑓を打捨、飛て内へそ逃入ける、此時城の内より物具したる者共五六, れ蓑笠もなく、雪の降ともいはずうろたへまはる有樣は、只乞食の如く也、, 一揆共のあさましさは、うしろより崩立、悉敗北し、五尺餘降積る大雪に胸の邊迄落入, て頸を刎、河へ追入、家々に火をかけ、豐原寺へ引返す、討漏されたる者共も、家を燒, 北の庄の下間和泉か城を攻て一揆利を失ふ事, 天正二年十月是月, 八四

  • 天正二年十月是月

ノンブル

  • 八四

注記 (16)

  • 1315,669,64,2292討んとて、六十を限十五以上打立て、七百餘人と聞へしが、北の庄の城へ推いり、時の
  • 811,674,61,2292より、肩先を一鑓つく、大男以て開き、鑓おつとりたぐりより、刀を振あけ、既に討よ
  • 1442,668,62,2298同十二月上旬、大雪降積り、何方も油斷の時を幸とし、東郷康原村の者共、下間和泉を
  • 1064,667,62,2299ず、され共和泉は鑓提走出、寄手の躰を見渡せば、眞先に進來る六尺有餘の大男、長き
  • 426,678,65,2276しを、大勢打より、大男が頸終には討てさし上る、和泉か者共、是に競ていなれ懸れは、
  • 172,678,63,2286り、口も手足もこゞへはて、足を拔んとすれども叶はず、泥にまびれたる魚のごとく其
  • 1188,670,64,2283聲をぞあげたりける、和泉が者とも思ひ寄さる時なれば、周章ふためき、取物も取あへ
  • 935,670,65,2298刀を拔持て、のがすましとてかけ向ふ、和泉弱氣を見せしとや思ひけん、する〳〵と走
  • 555,671,63,2294十人一度に瞳と出れとも、彼大男は退すして、向ふ者に引組て上に成下になり、辷合ひ
  • 683,674,61,2291と見へしが、和泉鑓を打捨、飛て内へそ逃入ける、此時城の内より物具したる者共五六
  • 1694,673,64,1951れ蓑笠もなく、雪の降ともいはずうろたへまはる有樣は、只乞食の如く也、
  • 299,692,62,2273一揆共のあさましさは、うしろより崩立、悉敗北し、五尺餘降積る大雪に胸の邊迄落入
  • 1821,673,64,2294て頸を刎、河へ追入、家々に火をかけ、豐原寺へ引返す、討漏されたる者共も、家を燒
  • 1567,786,60,1169北の庄の下間和泉か城を攻て一揆利を失ふ事
  • 1972,857,42,339天正二年十月是月
  • 1978,2621,42,83八四

類似アイテム