『大日本史料』 11編 1 天正10年6月 p.88

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たむの心あるを察しての故なりといへり、, べをもしる〓からず、秀吉の慮淺からずと人い〓り、又高松の城は、たやす, 秀吉其書を披お見るに、信長を討とらは、秀吉必敗北す〓し、秀吉を追撃れ, ノ加護ヲ得サセ給ヒヌ、最早御心ノ儘ニ成タリト申ケル、衆人ニ異ナル器, よと毛利家へいひ送る書なり、もし此書毛利家に到らは、いかなる謀ある, しのびの者を置れしに、備中庭瀬にて怪しげなる飛脚の者を生とりとり、, ヘニモ及ハス、只當惑ノ体ナリ、其中ニ、黒田孝高右書状ヲ見テ、當用ノ事抔, く攻落すべきに、水攻にして日を經たるは、信長常に大功の速に成を忌ね, 潛ニ書状ヲ見セテ、各ノ了簡ヲ尋ラル、何モ不意ノ變事故、然ト致シタル答, 仁方ヨリ、信長公ノ御生害アリシ旨、注進ノ状六月二日ノ午刻ニ京都ヨリ, 出飛脚、同三日子ノ刻ニ秀吉公ノ陣所ニ到著ス、之ニ依テ腹心ノ者共ヲ呼、, ヲハ一言モ申サス、秀吉公ノ膝元ニ這寄給ヒ、坐ヲ叩キテ打笑ヒテ、扨々天, 明智信長を〓する時、秀吉は備中にて毛利家に向て陣せしが、秀吉、所々に, [常山紀談〕五秀吉備中にて光秀が書を取れし事, 量也、, 捕フトノ, ノ使者ヲ, 孝高秀吉, 秀吉光秀, ルヲ如ム, 長ノ死ヲ, ノ爲ニ信, 説, 信長大功, ノ速ニ成, 賀ス, 天正十年六月四日, 八八

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  • 捕フトノ
  • ノ使者ヲ
  • 孝高秀吉
  • 秀吉光秀
  • ルヲ如ム
  • 長ノ死ヲ
  • ノ爲ニ信
  • 信長大功
  • ノ速ニ成
  • 賀ス

  • 天正十年六月四日

ノンブル

  • 八八

注記 (28)

  • 143,650,68,1281たむの心あるを察しての故なりといへり、
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