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とる、秀吉の陣をさる事二里餘、いまたたゝかはさるに、秀吉和議をとゝの, 琉球ヲ請フ、秀吉、之ヲ許ス、, 仰にいはく、汝に出雲の國をあたへんとして、すてに信長に達す、しかれと, 龜井茲矩, 翌日毛利家とたかひに人質をとりかはして、秀吉開陣し、同八日、播磨の姫, 路に著、諸將をめして、明智を誅戮する軍法を議す、時に茲矩、秀吉にまみゆ, ふ、六月二日、明智光秀、信長、信忠をうちたりくし告あり、和議すてにやふれん, せり、毛利輝元高松をすくはんかために、五萬人をひきゐて、釋迦ケ嶽に陣, ニ與フルコトヲ約セルニ依リ、茲矩ヲシテ、更ニ他國ヲ撰バシム、茲矩、, とす、小早川隆景これをとゝのふ、清水長左衞門切腹して、高松の城沒落す、, んとして、中國に進發し、備中高松の城をせむるとた、河水を引て城をひた, も講和のとた、輝元に出雲半國をあたふ、他邦にをひてこれをのそむへく, 禀シテ、之ニ出雲一國ヲ許ス、然ルニ毛利氏ト和シ、出雲ヲ以テ毛利氏, 〔寛永諸家系圖傳〕, 八日, 、因幡鹿野城主龜井茲矩、羽柴秀吉ニ〓ス、是ヨリ先、秀吉、信長二, 天正十年、秀吉、毛利家を退治さ, 天正拾年六月日三七郎(花押), 百五, 武藏, 十, 午, 甲, 守、, 與ヘント, 秀吉出雲, ヲ茲矩二, シテ旨ヲ, 信長ニ申, ス, 天正十年六月八日, 三一二
割注
- 百五
- 武藏
- 十
- 午
- 甲
- 守、
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- 與ヘント
- 秀吉出雲
- ヲ茲矩二
- シテ旨ヲ
- 信長ニ申
- ス
柱
- 天正十年六月八日
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- 三一二
注記 (32)
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