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たりては、のかるゝことを得す、太閤の厚恩謝しかたしといへとも、人を, 大野十兵衞某、高橋孫四郎某を具せんとこふ、太閤、先二士に釆地をあた, 七百人の命我にあり、〓出て圍をやふるとも、兒女病者手負のものにい, にしのひいる、太閤いねすして、合圖をまつのところ、丑の刻にいたりて, し、しかれとも、計略のもれむことを恐る、汝しのむて城中にいたり、密に, 招きていはく、幸盛もし城より〓て出は、我兵をすゝめて城兵を引揚へ, 幸盛に告むや、しかれとも、汝不幸にして、敵のとりことれらは、右府これ, れは、太閤大にこれを感し、其意に應するものを召具すへしといふ、茲矩, 人をしてゆかしめむには、何の面目ありて、ふたゝひつかへむやと申け, すてゝ、をのれをたてんこと、わか意にあらす、ひとり腹切て、數百人の命, 使にあらす、則右府のつかひなり、敵の擒となるとも何そ辭せむ、もし餘, 中にいらは、かれらす、火を揚へしと命す、六月二十三日の夜、茲矩等城中, へ、事遂るにをいては、茲矩をして、出雲國の主となすへしと約し、また城, 火をあ〓たり、二十四日、茲矩、太閤のむねを幸盛に告、幸盛かいはく、城兵, を憤らん、こゝをもつて意を決することあたはすと、茲矩聞て、これ君の, 慶長十七年正月二十六日, 山中幸盛, 救援ノ使, 秀吉茲矩, ニ密旨ヲ, 授ク, 命, 三七八
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- 山中幸盛
- 救援ノ使
- 秀吉茲矩
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- 三七八
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