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朦瞳五艦を造り、兵士三千五百人, きは、朝鮮をうつの妨とれるへし、まつ黒田長政に屬して、朝鮮に渡海す, 約し、〓に右府に達すといへとも、輝元と講和のとき、出雲半國を與へし, 謀を議す、このとき、太閤、茲矩に言ていはく、さきに出雲國をあたへむと, へ、これをあたへらる、十三年、從五位下武藏守に敍任す、, 度光秀征伐ののちは、海内皆摩下に屬すへし、我日本にをいてのそむと, をむすひ、軍を旋して、姫路に著陣し、六月八日、諸將を會して、光秀誅戮の, ころなし、ねかはくは、琉球國をたまはらむといふ、太閤、其壯勇を感賞し、, ちて征伐せは、兵士たらさるのみならす、もし琉球退治遲々にをよふと, 腰の團扇を採て、表に琉球守殿と書し、裏に秀吉としるして、判形をくは, ゐて、肥前國名護屋にいたり、太閤に〓見するのところ、朝鮮、琉球兵を分, により、茲矩は、他邦にをいて領地をのそむたしとなり、茲矩こたへて、今, 文祿元年、朝鮮征伐のとき、茲矩、さきに琉球, とこふ、太閤やむことを得すして朱印をあたへらる、こゝにをいて、茲矩、, 國をあたへらるゝのうへき、今度、琉球征伐使の朱印を下したまふ〓し, をひき, 慶長十七年正月二十六日, 五年、秀吉、島津義久ヲ伐ツト, 千人龜井武藏守云々トアリ, ○コノ次ニ、龜井, ○龜井家譜二、朝鮮征伐人數簿, 家譜ニハ、天正十, キ、茲矩從軍力戰ノコトアリ, 琉球守, 敍任ス, 琉球ヲ賜, 琉球征伐, 武藏守二, 從五位下, トヲ請フ, ハランコ, ノ朱印, 三八一
割注
- 五年、秀吉、島津義久ヲ伐ツト
- 千人龜井武藏守云々トアリ
- ○コノ次ニ、龜井
- ○龜井家譜二、朝鮮征伐人數簿
- 家譜ニハ、天正十
- キ、茲矩從軍力戰ノコトアリ
頭注
- 琉球守
- 敍任ス
- 琉球ヲ賜
- 琉球征伐
- 武藏守二
- 從五位下
- トヲ請フ
- ハランコ
- ノ朱印
ノンブル
- 三八一
注記 (33)
- 630,711,57,987朦瞳五艦を造り、兵士三千五百人
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