『大日本史料』 11編 1 天正10年6月 p.782

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

羽守、筒井順慶、其外舊臣之面々不殘御若君へ續目之御禮申上んずめ、尾州, へ下著有し也、各はし會ひ、三歳の主君へ御禮申上、落〓之躰あさからはわ, 申上んと急きにけり、柴田修理亮勝家も越中表之〓を明、弔合戰のため、京, 前守より注進有しかは、同十六日柳瀬より、直に信忠卿御若君へ御弔ひ申, 都けして打て上らんとせしか共、はや惟任を打亡したる由、三七殿、羽柴筑, 切腹なされにる骸骨を、よたに納め奉りてよわ、尾州へ令下向、若君へ御禮, 秀吉は京都にく、惟任家來之者共悉く尋搜て伐捨、其後本能寺におひて御, 清須城成參會此先未落居之面々悉改之、秋田城介平朝臣信忠嫡男定天下ノ, 住、池田、爲此四人、行天下之政道今度忠節之輩、分知行定分國互成可入魂固, し形勢、甚以しゆせうなり、かくてもはてぬ事なれは、若君十五歳になら廿, 主君織田三介信雄定尾州屋形、織田三七信孝定濃州之屋形、又羽柴、柴田、惟, 上んとて、是も清洲へ赴たにけり、池田父子、丹羽五郎左衞門尉長秀、蜂屋出, 取替誓詞、各歸國畢矣, 〔太閤記]三信長公御跡知行割之事, ルコト等ニカヽル、本月十六日ノ條、及ビ同十七日ノ, 、○上下略、秀吉、安閉貞大ヲ斬ルコト、齋藤利三ヲ磔ス, 收ム, 條二, 上洛セン, 四人政ヲ, 長秀恒興, 戰ノ爲メ, 秀吉勝家, 勝家弔合, ニ集ル, 執ル, トス, 諸將清洲, 天正十年六月二十七日, 七八二

割注

  • ルコト等ニカヽル、本月十六日ノ條、及ビ同十七日ノ
  • 、○上下略、秀吉、安閉貞大ヲ斬ルコト、齋藤利三ヲ磔ス
  • 收ム
  • 條二

頭注

  • 上洛セン
  • 四人政ヲ
  • 長秀恒興
  • 戰ノ爲メ
  • 秀吉勝家
  • 勝家弔合
  • ニ集ル
  • 執ル
  • トス
  • 諸將清洲

  • 天正十年六月二十七日

ノンブル

  • 七八二

注記 (30)

  • 401,650,60,2208羽守、筒井順慶、其外舊臣之面々不殘御若君へ續目之御禮申上んずめ、尾州
  • 285,666,60,2185へ下著有し也、各はし會ひ、三歳の主君へ御禮申上、落〓之躰あさからはわ
  • 864,651,60,2204申上んと急きにけり、柴田修理亮勝家も越中表之〓を明、弔合戰のため、京
  • 632,648,57,2210前守より注進有しかは、同十六日柳瀬より、直に信忠卿御若君へ御弔ひ申
  • 747,652,59,2203都けして打て上らんとせしか共、はや惟任を打亡したる由、三七殿、羽柴筑
  • 978,649,59,2204切腹なされにる骸骨を、よたに納め奉りてよわ、尾州へ令下向、若君へ御禮
  • 1091,644,59,2211秀吉は京都にく、惟任家來之者共悉く尋搜て伐捨、其後本能寺におひて御
  • 1787,636,63,2240清須城成參會此先未落居之面々悉改之、秋田城介平朝臣信忠嫡男定天下ノ
  • 1554,650,62,2237住、池田、爲此四人、行天下之政道今度忠節之輩、分知行定分國互成可入魂固
  • 171,671,59,2168し形勢、甚以しゆせうなり、かくてもはてぬ事なれは、若君十五歳になら廿
  • 1672,643,63,2215主君織田三介信雄定尾州屋形、織田三七信孝定濃州之屋形、又羽柴、柴田、惟
  • 513,647,61,2212上んとて、是も清洲へ赴たにけり、池田父子、丹羽五郎左衞門尉長秀、蜂屋出
  • 1437,649,61,632取替誓詞、各歸國畢矣
  • 1183,603,108,1178〔太閤記]三信長公御跡知行割之事
  • 1425,1305,44,1537ルコト等ニカヽル、本月十六日ノ條、及ビ同十七日ノ
  • 1470,1265,43,1570、○上下略、秀吉、安閉貞大ヲ斬ルコト、齋藤利三ヲ磔ス
  • 1310,653,37,122收ム
  • 1355,655,39,99條二
  • 792,298,41,163上洛セン
  • 1489,301,41,164四人政ヲ
  • 1531,298,43,169長秀恒興
  • 834,296,44,165戰ノ爲メ
  • 1579,296,40,168秀吉勝家
  • 881,295,43,172勝家弔合
  • 488,306,37,111ニ集ル
  • 1446,299,40,70執ル
  • 752,302,33,68トス
  • 530,298,44,168諸將清洲
  • 1904,730,44,421天正十年六月二十七日
  • 1910,2435,37,115七八二

類似アイテム