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左衞門佐殿、孫介殿を呼て宣ふは、三好存保は隱れなお勇者といひ、歴々の, は、事に臨て欠ましき所をもかけ、引ましき所をも引、犬死をもし、又は不覺, をも取もの也、兎角一所には叶ましと思ふはいかにと仰けれは、孫介殿、尤, の前、歎くは不覺の至り也、此度は年十五以上六十以下の士、大小上下父子, 兄弟、心掛け次第殘らす打立へしとの御觸にて、我々父子も向ふ也、されは, る者、生て歸らんと思ふ事はなけれ共、就中此度は討死と思ひ定る也、御邊, に又左衞門、市左衞門共名を改め、武篇高名數多く、首ゟ上に二十一ケ所の, 近は後に吉田孫左衞門とて、武勇の名を顯、元親肱股の臣と成、勝五郎は後, 責て申けれは、勝五郎兎角の詞なく、差うつむひて靜りける志こそ哀也、右, 一族阿讚五畿内に充滿たれは、定て勢は雲霞のことく成へし、凡戰場に出, も不知、〓に犬死して、父祖の名迄穢し給はん〓こそ悲しけれ、詞を盡理を, 有候、あの大勢の中へ唯一人行向ひ、何程の事をか仕出さん、况敵の居所を, と孝俊は先手なれ共、右近と勝五郎をは旗本に指置へし、父子一所に有て, 餘儀なお御謀に候と、御身と康俊をは旗本に置れ候そや、今更思ひ當て難, 疵を蒙り、周身の疵はかそふるにいとまあらす、自身敵の首を取事百十五, 天正十年八月二十八日, 三九八
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- 天正十年八月二十八日
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- 三九八
注記 (17)
- 1569,639,64,2209左衞門佐殿、孫介殿を呼て宣ふは、三好存保は隱れなお勇者といひ、歴々の
- 1111,649,64,2213は、事に臨て欠ましき所をもかけ、引ましき所をも引、犬死をもし、又は不覺
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