『大日本史料』 11編 2 天正10年7月 p.425

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によりて、後よりしたひ來、漸ちかつきてこれをみれば味方なり、廣宣これ, を討く首を取、城外に出る時、一千餘騎の兵競來、味方菅沼兵藏敵の來とう, たかひ、柵をこえてしりそかんとす、廣宣は數ケ所疵をかうふる故に、敵の, たす、故に持所乃刀をさしをお、すて鑓をひろひこれとたゝかひ、其敵を〓, 故に土居の下に退く、久代某も死すして敵にむかひ、勇をあらはす、故に敵, 廣宣に馳むかひ、數刻相戰といへとも、面の疵より血なかれて眼明ならす、, 討死す、これ祖父平大夫に似たりとのたまひ御感斜ならす、かたしけなく, 備に入紛さるへし、若かなはすは討死せんといふ、兵藏是を聞すてかたお, より大權現の御前に參し、討取所の首を獻す、廣宣深手を負ふによりて、大, 倒し、首を〓とするに刀なし、土居乃きはにかへり、件乃刀を取時、敵起立て, 引退、廣宣〓に件乃敵を追、又敵一人廣宣にはせむかひ、すとめたゝかふ、是, 敵を逐て城の内に入、又敵一人鑓をもつて廣宣をつかんとす、時に鑓をも, はなつ、廣宣か脇の下をとほり、久代某か腰を打貫て倒伏、廣宣かへり見す、, 久保次右衞門これを抱、伯父内藤十右衞門、廣宣か太刀をもち後に候す、大, 權現、石川伯耆守を召、仰にいはく、廣宣か父勇者たり、しかれとも若年にて, 菅沼兵藏, ノ戰功ヲ, 賞ス, 家康廣宣, 天正十年八月二十九日, 四二五

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  • 菅沼兵藏
  • ノ戰功ヲ
  • 賞ス
  • 家康廣宣

  • 天正十年八月二十九日

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  • 四二五

注記 (21)

  • 715,619,63,2214によりて、後よりしたひ來、漸ちかつきてこれをみれば味方なり、廣宣これ
  • 1065,612,66,2221を討く首を取、城外に出る時、一千餘騎の兵競來、味方菅沼兵藏敵の來とう
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