Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
信孝いかゝは思召けん、舊冬秀吉と和睦之契約を變さられ、柴田、瀧川と被, 〔豐鑑〕ニ袖露, り、十九日こは、至岐阜おしよせ可攻干と、支度にて侍りしか共、夜半より雨, 濃州令出馬可打果と、卯月十七日曉天に長濱を立て、同日亥之刻大柿に著, く存知、及助宥候し、今又かく約變、自業得果なれは、不及思惟事なりとて、至, 美濃に御座さし三七信孝、柴田か軍發さしを、時を得たりとや思ひ給ひけ, ん、兵をあつめ催し給ふと聞て、弟美濃守秀長に兵あまた添て、木本に殘し, をた、柴田を守らせ、秀吉二万計の勢を具して、美濃國に赴き、三七信孝と戰, 仰合、敵之色を立、氏家内膳正、稻葉伊豫守か分領之在々所々少々放火有之, 由、注進有しかは、秀吉卿、舊冬岐阜を可攻平之處、信長公御厚恩を忘れかた, 陣し、翌日十八日の早天に、氏家、稻葉か勢を以、信孝之御分領悉放火してけ, 〔太閤記〕五織田三七殿與秀吉及鉾楯事, 〓しとて、濃西大垣城に著給ふ、, 六日滯留、ハ, )上下略、秀吉、勝家柳瀬ニ對陣スルコト及, ヒ中川清秀戰死スルコトニカヽル、三月十, ノコトニカヽル、本月十三日及ビ同十七日ノ條ニ收ム, 十日ノ條ニ收ム、, ヽ〇上下略、山路正國、勝家ノ陣ニ奔ルコト及ビ峯城落城, 七日及ビ本月二, 孝ノ分領, 十八日信, トノ説, ニ放火ス, 天正十一年四月十六日, 五
割注
- )上下略、秀吉、勝家柳瀬ニ對陣スルコト及
- ヒ中川清秀戰死スルコトニカヽル、三月十
- ノコトニカヽル、本月十三日及ビ同十七日ノ條ニ收ム
- 十日ノ條ニ收ム、
- ヽ〇上下略、山路正國、勝家ノ陣ニ奔ルコト及ビ峯城落城
- 七日及ビ本月二
頭注
- 孝ノ分領
- 十八日信
- トノ説
- ニ放火ス
柱
- 天正十一年四月十六日
ノンブル
- 五
注記 (26)
- 969,622,62,2210信孝いかゝは思召けん、舊冬秀吉と和睦之契約を變さられ、柴田、瀧川と被
- 1769,579,94,529〔豐鑑〕ニ袖露
- 267,633,61,2196り、十九日こは、至岐阜おしよせ可攻干と、支度にて侍りしか共、夜半より雨
- 500,630,62,2205濃州令出馬可打果と、卯月十七日曉天に長濱を立て、同日亥之刻大柿に著
- 615,631,63,2198く存知、及助宥候し、今又かく約變、自業得果なれは、不及思惟事なりとて、至
- 1670,614,62,2211美濃に御座さし三七信孝、柴田か軍發さしを、時を得たりとや思ひ給ひけ
- 1553,628,62,2201ん、兵をあつめ催し給ふと聞て、弟美濃守秀長に兵あまた添て、木本に殘し
- 1438,630,60,2205をた、柴田を守らせ、秀吉二万計の勢を具して、美濃國に赴き、三七信孝と戰
- 852,630,62,2203仰合、敵之色を立、氏家内膳正、稻葉伊豫守か分領之在々所々少々放火有之
- 735,628,63,2203由、注進有しかは、秀吉卿、舊冬岐阜を可攻平之處、信長公御厚恩を忘れかた
- 383,626,62,2200陣し、翌日十八日の早天に、氏家、稻葉か勢を以、信孝之御分領悉放火してけ
- 1068,568,98,1337〔太閤記〕五織田三七殿與秀吉及鉾楯事
- 1320,627,65,935〓しとて、濃西大垣城に著給ふ、
- 1897,626,93,317六日滯留、ハ
- 1352,1587,44,1239)上下略、秀吉、勝家柳瀬ニ對陣スルコト及
- 1309,1579,42,1245ヒ中川清秀戰死スルコトニカヽル、三月十
- 1891,922,43,1618ノコトニカヽル、本月十三日及ビ同十七日ノ條ニ收ム
- 1188,633,44,484十日ノ條ニ收ム、
- 1932,892,48,1651ヽ〇上下略、山路正國、勝家ノ陣ニ奔ルコト及ビ峯城落城
- 1235,639,41,470七日及ビ本月二
- 380,271,41,168孝ノ分領
- 425,271,38,167十八日信
- 290,274,41,122トノ説
- 335,283,40,148ニ放火ス
- 163,712,44,426天正十一年四月十六日
- 164,2437,49,42五







