『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.120

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たむる事、, 也、必勝の謀ありて速と馳向ふそ、追々來らむ軍兵共に食物をあたへよ、, 状折紙なとぬ互に遣にくき事も有物也、ぬみなし使乃時、此佐吉を使に, 是我に志を歸するの驗ならむと、呼々打過られけれは、跡より一騎がけ, し、左吉事せかれゟ使たて、覺悟之躰秀吉よく見及けや、自然大事之時は、, 御言葉御念入申事、忝さかんるひ肝にめいすまと奉存候、明日之御合戰, 度はかり跳りあかり、馬ひきよせ、ひたと乘、只一騎かけ出、道々、我は秀吉, せられよとて、御言葉を被添被進候たる仁にて候、右之故美濃守殿より, 申す、秀吉聞もあへす、腰刀を拔て額にあて、八幡合戰は勝たるぞと、五六, 御状なしに大垣えも參候、左吉心に思定申樣、御祕藏之御馬被下候、殊に, 討死を定め、人なみの武へんにてはうれしからす、まつ先せはやと存さ, 討死の注進を聞て、玄蕃は引取たるかと問れけるに、いや本の陣に候と, に追付もの、終夜引もきらす、其邊の庶民、粥疹抔を煎る、持出てあたへた, 天正十一年四月二十日, 〔小川榮一氏所藏文書〕〓美濃一明日秀吉果して馳來れり、秀吉中川が, り、, ・○上下略、清秀戰死スルコト及ビ黒田孝高、戰死ヲ, 覺悟スルコトニカヽル、竝ニ本日上ノ條ニ收ム, 秀吉盛政, シヤ否ヤ, 決ス, ノ退陣セ, 秀吉ノ後, ノ終夜絶, 左吉死ヲ, ニ從フモ, ヲ問フ, エズ, 一二〇

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  • ・○上下略、清秀戰死スルコト及ビ黒田孝高、戰死ヲ
  • 覺悟スルコトニカヽル、竝ニ本日上ノ條ニ收ム

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  • 秀吉盛政
  • シヤ否ヤ
  • 決ス
  • ノ退陣セ
  • 秀吉ノ後
  • ノ終夜絶
  • 左吉死ヲ
  • ニ從フモ
  • ヲ問フ
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  • 一二〇

注記 (29)

  • 1099,702,56,278たむる事、
  • 511,694,64,2159也、必勝の謀ありて速と馳向ふそ、追々來らむ軍兵共に食物をあたへよ、
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