『大日本史料』 11編 5 天正11年8月 p.777

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た御出、此筒見候やと被仰候へは、何も譽申候、土方申候は、御前にてとめ, の角まて參、長門脇指をぬき拂ひ申候こ付、信雄、土方こ、放候へと被仰候, こて津川、のては我事をは御存不被成と存候と相見へ、猶豫有之處を、飯, に信雄放を〳〵と被仰候こ付、土方つき放し、被遊候へと申候、後信雄被, 土方放さと御申を、土方大事の仕物こて候間、私共に被遊候へと申す、〓, へとも、土方終に放不申、土方面に二刀疵付、信雄大左文字の刀をぬき、又, て見候樣こと申候、信雄もためて見よと被仰付、長門はめて見候處を、土, あり、然とも間か違むては此首尾は不被仕、同所に極りた〓、飯田は如何, 仰候は、とゝめ同前こて渡し候と被仰候、此仕物座敷間違候樣なる一説, 下候間、御見と被成候、慰に見候樣こと被仰付、是は料理前也、其後信雄ま, 田一太刀討候後、信雄御討候、信雄初太刀を御討候へは、飯田すたる故、飯, 御出候而被仰候は、桃岩樣ヨリ信長へ被遣候南蠻筒こて候、今朝料理被, 仕たるやらん後申候、津川、私もろと申時、信雄不取敢、我もろと被仰候、爰, 信長公へ被遣候て、信長ゟ信雄へ被遣候南蠻筒象眼あるを、同朋に持せ, 方側らり見申、頓て中脇指こて〓申候へは、長門守ろれめと申引立、座敷, 天正十二年三月六日, 重孝殺サ, サル, 傳來セル, 南蠻筒, 玄蕃允殺, 信秀ヨリ, 七七七

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  • 重孝殺サ
  • サル
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  • 南蠻筒
  • 玄蕃允殺
  • 信秀ヨリ

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  • 七七七

注記 (23)

  • 1568,682,59,2116た御出、此筒見候やと被仰候へは、何も譽申候、土方申候は、御前にてとめ
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