『大日本史料』 11編 5 天正11年8月 p.795

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ば森討留た〓、是よりして秀吉と弓箭をとられ々り、, モ同ク賞シ招ク、瀧川詭リ諾シテ、密ニ信雄告、故ニ三臣ヲ誅ス、依之秀吉ト, ニ可立モノハ信雄ノミ、依之信雄ノ威ヲ奪ン爲ニ、彼三臣ヲ味方ニ招テ、廿, 信雄不和ト成、合戰ニ及, 万石宛賞ヲ與ヘシト約ス、故ニ三臣志ヲ秀吉ニ通ス、老臣瀧川三郎兵衞ヲ, しかば、土方、岡田を〓はなしざまに、小脇差を抽て指通せば、信雄すつさず, 動ス、故如何トナレハ、秀吉今天下權ヲ握ル、秀信ハ幼ナシ、信孝ハ死去ス、上, 主岡田長門守、同苅安城主淺井田宮丸ヲ留メ、同日申刻信雄手ラ長門守ヲ, ル、諸士上巳佳禮アリ、于時信雄長臣勢州松島城主津川玄蕃允、尾州星崎城, 延て切たりしに、廊下の長押に切付たるを、飯田傍より刺〓しけり、淺井を, 討リ、飯田半兵衞玄蕃允ヲ討、田宮丸ヲハ森勘解由討之、故ニ三城トモニ騷, と共に斬せ給へとてはなさず、信雄、放ざればいつまでも斬まじといは〓, 切て〓されたり、津川ハ此騷ぎを聞て走り來りらるが、信雄に行逢、刀を取, なたず〓ぢ合ひ〓る處を、信雄、土方放せ、我自ら切んと詞を懸らきしに、臣, 〔増補筒井家記〕坤同三月朔日、信雄朝臣從尾州清洲、勢州長島城ニ遷ラ, ○上, 下略, 十萬石ヲ, 秀吉各二, 以テ玄蕃, 信雄玄蕃, 允等ヲ斬, 三月朔日, 允等ヲ誘, ルトノ説, 天正十二年三月六日, 七九五

割注

  • ○上
  • 下略

頭注

  • 十萬石ヲ
  • 秀吉各二
  • 以テ玄蕃
  • 信雄玄蕃
  • 允等ヲ斬
  • 三月朔日
  • 允等ヲ誘
  • ルトノ説

  • 天正十二年三月六日

ノンブル

  • 七九五

注記 (27)

  • 1359,609,65,1572ば森討留た〓、是よりして秀吉と弓箭をとられ々り、
  • 409,612,75,2179モ同ク賞シ招ク、瀧川詭リ諾シテ、密ニ信雄告、故ニ三臣ヲ誅ス、依之秀吉ト
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