『大日本史料』 11編 5 天正11年8月 p.793

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くれなき事也、後には土方河内守といひし人なり、, は恩賞あつく行ふべしと語ら〓く〓、聞入ずは首を刎ん氣色なる上、神文, とゝめをさし々り、彦三郎前後のはたらき、詞つろひ殘所なしと、世間か, へと申して、少しもゆるめす、内府長刀にて〓給ふ時、彦三郎取て押へて, るは、信雄に告知らする者有て、殘る者を誅せさせんとの謀なり、又皆秀吉, 身なれば、長嶋に歸て、信雄に斯と告申せば、頓て三人を誅せんとて、長門は, を書よと責らる、四人力なく、承りぬと言て、起請文を書には〓、秀吉も約を, せらきたるなるだし、瀧川素僧なりしを、信長呼出し、四萬石の地を賜りし, 飯田半兵衞、玄蕃は土方勘兵衞、田宮丸は森源三郎と討手を定められく〓、, 丸、瀧川三郎兵衞をま〓を、懇にもてなして後、信雄に自害をすゝめよ、らら, 秀吉、信雄を打亡さんと謀て、先信雄の長臣岡田長門守、津川玄蕃、淺井田宮, 背かじと神文を出され〓り、是は一人づゝかたらふべきを、一同に招きた, に實に心服せずとも、既に神文を書たれば、疑ひて一和すべろらぼと思慮, て、はなせ〳〵と仰らるに、彦三郎何條の多と候へき、たゝ某共に被遊候, 〔常山紀談〕十八信雄長臣を誅せられし事, 允等ヲ招, 自盡ヲ勸, キ信雄ニ, 秀吉ノ策, メンコト, 秀吉玄蕃, ヲ要ム, 謀, 天正十二年三月六日, 七九三

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  • 允等ヲ招
  • 自盡ヲ勸
  • キ信雄ニ
  • 秀吉ノ策
  • メンコト
  • 秀吉玄蕃
  • ヲ要ム

  • 天正十二年三月六日

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  • 七九三

注記 (25)

  • 1577,686,56,1491くれなき事也、後には土方河内守といひし人なり、
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