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長をすゝめて越前國にはたらくへき旨、東照宮より御書を下さる、この, へらる、十八年小田原の役に、北條十郎氏房、信雄の陣へ夜討せしとき、大, 信雄、雄久に命して星崎の城主岡田孝或を誅せしかは、信雄よろこひて, 年正月二日河内守に任し、則重の短刀を拜賜す、八年台徳院殿、邸宅に渡, 冬より台徳院殿に近侍し、後越中國野々市にして領知一萬石を賜ひ、七, 東照宮に告たてまつる、後太閤和を請のとき、その事にあつかりて、和睦, て北國をたひらけ、利長と共に大津の御陣營に至る、これより先、猶又利, 信雄の家臣岡田長門守孝或, によりて加賀國に赴き、前田利長に内旨を告しかは、利長速に軍を出し, すてになる、これ雄久か功にありとて、犬山の城にて四萬五千石をあた, 丸長時等三人をかたらひ内通せしめんとす、其事露顯せるにより、三月, か許に蟄居す、五年, 下野國小山にをいて、雄久父子免されて東照宮にまみへたてまつり、仰, にたゝかひ數人を討とる、この年信雄配流のゝち、太閤につかへ、慶長四, 年東照宮の御不審蒙り、佐竹義重, 御ありて、鞍置たる馬をたまひ、九年また成せ給ふのとき、來國光の御脇, 津川玄蕃允義冬、淺井田宮, 慶長十三年十一月十二日, ○下文越登賀三州, 志二ハ義宣トアリ, 家譜二, ハ重孝トアリ、, ○土方, ○土方〓家譜二, 雄久岡田, 雄久家康, 孝或ヲ殺, ノ譴ヲ蒙, リ蟄居ス, ス, 八九六
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- ○下文越登賀三州
- 志二ハ義宣トアリ
- 家譜二
- ハ重孝トアリ、
- ○土方
- ○土方〓家譜二
頭注
- 雄久岡田
- 雄久家康
- 孝或ヲ殺
- ノ譴ヲ蒙
- リ蟄居ス
- ス
ノンブル
- 八九六
注記 (31)
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