『大日本史料』 11編 1 天正10年6月 p.254

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をさつく、, 加勢をこひぬ、長保、信雄の命をうけたたはり、尾州清洲より、すぐに柏原に, すてゝ、勢州松賀嶋にあつ乃る、このときにをひく、〓前征伐するところの, の軍將なり、このゆへに敵兵利をうしなひ、ひきしりぞく、此とき信雄感状, 入、長保か兵命をすてゝいとみたゝかふ、このとき長保、武信と鎗をあはす、, 野城にさしつかふ、瀧川三郎兵衞、秋山右近等軍將たり、數日の後、秋山瀧川, 國士の殘黨等、國城にみたれ入、信保はなはた怒て、同年七月、軍兵を柏原瀧, 同年六月、伊州に住する信雄旗下の兵、明智か逆心を聞、をの〳〵なの城を, にいたれば、あんのことく城に火をはなち、彌平次すてに退去、, 保が家人も、又林某といふ者とあひたゝかひ、共に討死す、林某は城中一方, てに二丸に乘入ところに、本田六右衞門、多屋甚丞と名〓て、鑓をひつさけ, 同年九月、伊州宮田城をせむるとき、長保大手にむかひてせめたゝかひ、す, 武信、長保が腕をつくといへとも、長保、武信か胸板をついくこれを討捕、長, はせむかひ、これをせむ、すてに八月六日夜にをよひて、國兵長保か陣に亂, すゝ見きたる、長保もまた鑓をもつく、甚丞とあひましはり互に疵をかう, 攻ム, 信雄瀧川, 討タシム, テ一揆ヲ, 雄利ヲシ, 去ス, 柏原城ヲ, 島ニ集ル, 長保ノ戰, 一揆松ケ, 燒キテ退, 功, 宮田城, 天正十年六月五日, 二五四

頭注

  • 攻ム
  • 信雄瀧川
  • 討タシム
  • テ一揆ヲ
  • 雄利ヲシ
  • 去ス
  • 柏原城ヲ
  • 島ニ集ル
  • 長保ノ戰
  • 一揆松ケ
  • 燒キテ退
  • 宮田城

  • 天正十年六月五日

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  • 二五四

注記 (30)

  • 489,661,49,282をさつく、
  • 1180,654,62,2189加勢をこひぬ、長保、信雄の命をうけたたはり、尾州清洲より、すぐに柏原に
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  • 598,662,62,2193の軍將なり、このゆへに敵兵利をうしなひ、ひきしりぞく、此とき信雄感状
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