『大日本史料』 11編 5 天正11年8月 p.866

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日ノ條ニ見ユ、, く、即御馬をむ考らき、其所を御本陣にのためた〓ふ、, たり、是父孫右衞門か船用意せし功を賞とらるゝによつて也、かく手切乃, 信雄ト會スルコト、本日上ノ條ニ、長可、羽黒ニ敗戰スルコト、本月十七, 色をあらはし、方々手分して、在々所々見分し引取て、羽柴殿の下向をそ待, ひ、尾張國に御發向乃とき、御陣所丸山の地形を檢し、一燧二燧をもつて、相, ○勝入等、秀吉ニ屬スルコト、本月十日ノ條ニ、家康、兵ヲ率ヰテ清洲ニ, たる方勝いくさすへしとて、同十四日、急き小牧に發向あり, 〔寛政重修諸家譜〕, 圖とすへきむ〓仰をかうぬる、しか〓に其地利よろしきにより、二燧をあ, 戸田一西, 給ふ、神君は北畠信雄と共に評議有て、小牧山は尾州の要地なり、此山を取, 十二年、豐臣太閤、織田信雄と矛楯にをよふ、東照宮、信雄をたすずさせたま, 〔新撰豐臣實録〕十一池田勝入拔尾州犬山壘、兩森長一敗績部, 〔參考〓, 母は某氏, ○上下略、勝入、, 秀吉ニ屬スル, 初政成、信世、康次、新二郎、十, 九百, ル、本月十日ノ條及ビ同十七日ノ條ニ收ム、, コト及ビ長可、羽黒ニ敗戰スルコトニカヽ, 兵衞、釆女正、左門、從五位下、, 十四, 戸田一西, 勝入秀吉, 丸山ノ地, ノ下向ヲ, 形ヲ檢ス, 待ツ, ナス, 天正十二年三月十三日, 八六六

割注

  • ○上下略、勝入、
  • 秀吉ニ屬スル
  • 初政成、信世、康次、新二郎、十
  • 九百
  • ル、本月十日ノ條及ビ同十七日ノ條ニ收ム、
  • コト及ビ長可、羽黒ニ敗戰スルコトニカヽ
  • 兵衞、釆女正、左門、從五位下、
  • 十四

頭注

  • 戸田一西
  • 勝入秀吉
  • 丸山ノ地
  • ノ下向ヲ
  • 形ヲ檢ス
  • 待ツ
  • ナス

  • 天正十二年三月十三日

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  • 八六六

注記 (33)

  • 400,772,58,421日ノ條ニ見ユ、
  • 743,624,65,1578く、即御馬をむ考らき、其所を御本陣にのためた〓ふ、
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