『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.323

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て、透間もなく打てかゝる, れは三月廿四日辰の刻計、龍造寺の大軍けゝめき渡て出來れり、味方は僅, 隔して、對揚すへき樣もなし、然共皆義を泰山の安に比し、命を鴻毛の輕に, かなと云ん人こそなかりけれ、, 類したる者共なれぬ、雲霞の〓き大軍にも機を不屈、靜ひかへつて待掛た, 田志摩守、四本主税介等眞先に進み、火華を散して力戰す、かゝりける處に、, り、敵の先陣果して我兵の小なるを易り、衆を指揮して急にすゝむ、路狹く, 斯て時刻も近つきぬれし、諸將各兵を引て山を下り、令に隨て陣を布く、翌, 三千騎、敵は六萬に餘りけれは、客主の勢ひ異なるのみに不有、衆寡の力懸, 泥深して、軍列整はす、忠豐是をみて、時分能そと下知し玉ひけれは、鳥銃連, 發して繋き事雨の〓し、敵の前駈數百人同時に討斃されけれは、餘兵自ら, らえ、疑ひ玉ふことなかれと申けれは、一座の人々是を聞て、甚たしき廣言, を聞て、楚忽の言葉かなと戒しめける、忠堅、忠元に向て、敢て荒言の言にあ, 相蹂踐して亂れさわく、又七郎忠豐、武藏守忠元等、是ニ乘して諸軍を督し, 島原合戰付討取隆信事, 酒瀬川奉膳兵衞、前, 勝目聞書ニ、川田義朗三度吐, 氣ヲ上テ打テ出タリトアリ、, 路狹クシ, 車列整ハ, テ隆信ノ, 天正十二年三月二十四日, 三二三

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  • 勝目聞書ニ、川田義朗三度吐
  • 氣ヲ上テ打テ出タリトアリ、

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  • 路狹クシ
  • 車列整ハ
  • テ隆信ノ

  • 天正十二年三月二十四日

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  • 三二三

注記 (23)

  • 418,618,58,767て、透間もなく打てかゝる
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