『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.858

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後守は長久手へ追行、二方へ分れて追行けり、, かくて堀久太郎秀, 立掛りけれは、秀次も藤五郎も前後一つに成て敗軍す、御先手士頭勝に乘, て、にくるを追て進みける、秀次の士木下助左衞門、同勘解由、穗富山城守踏, は長追せぬものそ、ひらに追留れと、さいを振て下知しけれは、大須賀五郎, 備秀次軍に負たると聞て、いか樣一揆起り、跡より取懸たるにやとて、池田、, らひ、何方まてもと追懸ける、本多豐後守康秀、馬を横に立きり〳〵、大勢を, 森へ注進し、軍勢を跡へ歸さる〓き由申遣はす、池田勝入是を聞て、大陽寺, 左衞門康高、榊原式部少輔とは聟小舅にて、主人は中よけれとも、家中の者, ともは吟味合ける故、榊原かゝれは大須賀もかけ、おとらしと先を爭ふ故、, 間忠三郎二番高名仕る、其外夏目彌次郎何だ追々馳來り高名す、勝に乘な, り來りとて、長谷川藤五郎備を崩し懸來る、丹羽勘介、水野宗兵衞等討立打, 丹羽勘介も松平紀伊守も留か〓て、共〳〵に追行ける、水野宗兵衞、本多豐, 留て討死す、家康方水野藤十郎勝成一番高名、續て久野三郎左衞門家老本, 政は三番備にて、岩崎山の山崎に備を立て居たる所へ、四番備長谷川、五番, 左平治をして、先手の味方押行をよひ返す、其ふり尤見事なりしと也、又山, 其追口一三, 里程か, 守等ノ戰, 堀秀政秀, 穗言山城, 撃ス, 木下助休, 同勘解由, 次ノ敗軍, ヲ勝入ニ, 報ズ, 衰高等追, 死, 大正十二年四月九日, 八五八

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  • 其追口一三
  • 里程か

頭注

  • 守等ノ戰
  • 堀秀政秀
  • 穗言山城
  • 撃ス
  • 木下助休
  • 同勘解由
  • 次ノ敗軍
  • ヲ勝入ニ
  • 報ズ
  • 衰高等追

  • 大正十二年四月九日

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  • 八五八

注記 (31)

  • 634,620,60,1353後守は長久手へ追行、二方へ分れて追行けり、
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