『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.520

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て、樂田より來たりけるか、秀次へは不懸御目、手鑓提面もふらす〓てかゝ, り、少々〓退、能侍一人討捕しか共、又新手を入かへ捫合せ戰ひけり、平野も, 穗富も、一足も引す討死したりけり、かくてこそ南さして逃るも有、東さし, て落るも有て、前後左右さんはけたり、岩崎の城乃北に當て山有、池田父子, に成、危くみえけまは、敵彌利に乘て一捫揉て戰けるに、二人の木下も岡本、, 岡本彦三郎、進み向て鑓を合せ、しはしか程戰ひしか、裏くつましてまはら, 唯今味方を追て可來、十間より外ならは、玉たうなにうたせそ、若あはてゝ, 森武藏守、堀久太郎も、谷川を前にあて、陣を備て有し處に、落武者五騎三騎, り、かゝま處に、孫七郎殿先勢千騎計見えにけり、敵も追すか以て來たりし, 危く見えしか、是もをし立られ、旗本〓して退にけり、北るをおふ習、敵引付, 加増百石之地可宛行と、たしかに云渡しけれは、一きは靜り反つて待居た, つゝ見え來たれは、久太郎鐵炮大將をよひよせ、味方敗軍と見えたるそ、敵, 遠く鐵炮をはなし捨なは、可爲曲事、馬上一人うちたをし候におゐては、爲, て、旗本を目にかけ切てかゝりけをは、木下助左衞門尉、同勘解由左衞門尉、, の、久太郎か備の堅きを見て、追止てかゝりも不來、又引もせす扣てみえし, 裏崩ス, 秀次ノ陣, 秀政等岩, 勝入長可, 崎ノ北ニ, 木下助休, 等戰死ス, 秀政ノ備, 家康ノ兵, ヲ見テ攻, 陣ス, 天正十二年四月九日, 五二〇

頭注

  • 裏崩ス
  • 秀次ノ陣
  • 秀政等岩
  • 勝入長可
  • 崎ノ北ニ
  • 木下助休
  • 等戰死ス
  • 秀政ノ備
  • 家康ノ兵
  • ヲ見テ攻
  • 陣ス

  • 天正十二年四月九日

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  • 五二〇

注記 (28)

  • 1785,614,76,2200て、樂田より來たりけるか、秀次へは不懸御目、手鑓提面もふらす〓てかゝ
  • 1665,615,82,2210り、少々〓退、能侍一人討捕しか共、又新手を入かへ捫合せ戰ひけり、平野も
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