『大日本史料』 11編 7 天正12年4月 p.397

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竹ケ鼻八劍社, 一竹ケ鼻に城のある時は、西は墨俣川、東は木曾川、今境川筋、昔は柳津村よ, り二筋わかれて、西へ流筋は今の堺川通り、南へ流筋は竹ケ鼻乃城の東, す、勿論水の増減もなし、, 々として海の如し、十一日の間に城を明て降參す、世に太閤の一夜堤と, 今尚有、當城の四方に大堤を築廻て、川々乃流を塞留て、城下へ水落入、澹, 餘あり、此山の上に昔よりれ井戸有、清水にして、いかなる日照にも旱〓せ, 一城主不破源六城を明渡て後、尾州一宮へ退くよし、, のよしなり、, 云、詳は城責の所に出る、, 社人, へ落合し由、其川を迷倒川といひし由、柳津村より竹ケ鼻迄相川筋とて, 一里俗云、間島村に秀吉公の陣取給ふ山あり、今尚太閤山といふ、高サ貳丈, 淺井市太夫、同助十郎、, 竹カ鼻城蹟, 〓きうへは宮路もしけるうなひ松不破源六句楠長譜筆, 〔美濃古蹟考〕, 八劍大明神, ノ年、今の所二引と云, 初は町ニ有、百年餘円, 禰宜なり、, 十二, 古城, ニ退ク, 楠長諳, 廣綱一宮, ノ水流, 竹鼻附近, 太閤二, 大正十二年六月十日, 三九七

割注

  • 八劍大明神
  • ノ年、今の所二引と云
  • 初は町ニ有、百年餘円
  • 禰宜なり、
  • 十二
  • 古城

頭注

  • ニ退ク
  • 楠長諳
  • 廣綱一宮
  • ノ水流
  • 竹鼻附近
  • 太閤二

  • 大正十二年六月十日

ノンブル

  • 三九七

注記 (31)

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