『大日本史料』 11編 7 天正12年4月 p.458

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卿へ忠義をいたされ候へ、一廉恩賜之地可有そと、ひそかに諫けれは、即同, 兩人在番として入置給ひぬ、瀧川思ふやう、蟹江之城を調略し、尾州に至て, 藥なと入たるは、いかゝしたりけん、かに江の川口にまよひて、〓かたに行, ぬ、漕もとし、かなたこなたさし程に、夜は明にけり、信雄、家ーに此よし告け, か、柴田滅亡の後は遊客乃身と成て、於江州南郡、堪忍分五千石を領し有し, れは、驚給ひて、馬の鞍をきあへす、いそきかに江に掛行ける、遠から〓は、ほ, 中入をし、家康卿なとおびやかし見むと謀て、前田與十郎かたへ、此節秀吉, 瀧川左近將監一盆は、去年まて北伊勢五郡を領し、長嶋乃城主として有し, となく至りつきぬ、瀧川は漸城に取入、未息をも休さる所に、敵はや來て、木, なり、因之長嶋の城をは、信雄卿領し給ふてまし〳〵けり、かゝる處に、信雄, 卿と秀吉卿既及鉾楯しかは、勢州木造之城へ、瀧川と富田平右衞門, 〔太閤記〕九尾州蟹江乃城瀧川以隱謀忍入之事, 戸を破らんとす、瀧川かすさ谷崎忠右衞門敵を拂のけ、木戸を打てかため, しけり、さらは來六月十六日之夜渡海し、城に入候へと約しけり、然間九鬼, ぬ, 天正十二年六月十六日, カヽル、本月十日及ビ七月三日ノ條ニ收ム、, ○上下略、竹鼻攻撃及ビ蟹江落城ノコトニ, 後號左, 近丞, 造ニ在番, 知信ト木, 一盆富田, 信雄ヨリ, 與十郎ヲ, 家康ニ報, 誘フ, ズ, ス, 四五八

割注

  • カヽル、本月十日及ビ七月三日ノ條ニ收ム、
  • ○上下略、竹鼻攻撃及ビ蟹江落城ノコトニ
  • 後號左
  • 近丞

頭注

  • 造ニ在番
  • 知信ト木
  • 一盆富田
  • 信雄ヨリ
  • 與十郎ヲ
  • 家康ニ報
  • 誘フ

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  • 四五八

注記 (30)

  • 254,655,62,2221卿へ忠義をいたされ候へ、一廉恩賜之地可有そと、ひそかに諫けれは、即同
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