『大日本史料』 11編 1 天正10年6月 p.665

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り、其上一方にたゝかひを决し、萬方に勝事をうるは武略のなす所、ひとへ, ひ、多勢小勢によらす、勝負を决する事は、士卒の心さしを一ツにするにあ, 出馬をもまたす、前陣にすゝみ、上武のさかひかんな川を越、かなく〓まて, に天運をまもり、名をおもくし、死をかろくするをもて義とせり、此度待い, 討れ給ひぬ、是によて瀧川京都へ上り、惟任を討たんのそみあり、前橋の居, 城をあけ渡すへし、急き來て請取らるへしと、武州鉢形の城主北條安房守, 悦の思ひをなしていはく、氏直大軍にてよせ來るといへとも、合戰のなら, くさに至ては、敵に氣をのまれ、みかたおくするに似たるか、瀧川小田原へ, つきぬ、然に瀧川左近將監は、くらか野の方に在て後陣也、西上州衆は前陣, 使者をたて申されけるは、當月二日、信長公京都におひて、明智日向か爲に, えたり、西上州をは、われ一人して切てとらんとたなこゝろにゝきり、氏直, に陣し、氏直は安房か陣場二里こなた本庄に旗をたて、後陣は深谷熊谷に, 氏邦處へ使者を遣す、あはの守此よしを聞、扨は瀧川上かたへにけ行と覺, をしよする、氏直此よしきゝあへす小田原をうちたち、先陣は富田石神邊, すんは叶ふへからすと、おの〳〵一同す、瀧川此よしを聞、望みとんぬと喜, 聞キ兵ヲ, 氏邦一盆, 遣シ上洛, 原ニ使ヲ, ノ上洛ヲ, ニ陣ス, 出馬ス, ヲ告グ, 氏直マタ, 野ニ陣ス, 出ス, 一盆小田, 氏直本庄, 盆倉賀, 天正十年六月十九日, 六六五

頭注

  • 聞キ兵ヲ
  • 氏邦一盆
  • 遣シ上洛
  • 原ニ使ヲ
  • ノ上洛ヲ
  • ニ陣ス
  • 出馬ス
  • ヲ告グ
  • 氏直マタ
  • 野ニ陣ス
  • 出ス
  • 一盆小田
  • 氏直本庄
  • 盆倉賀

  • 天正十年六月十九日

ノンブル

  • 六六五

注記 (31)

  • 1571,649,77,2190り、其上一方にたゝかひを决し、萬方に勝事をうるは武略のなす所、ひとへ
  • 1691,650,72,2200ひ、多勢小勢によらす、勝負を决する事は、士卒の心さしを一ツにするにあ
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  • 1450,648,81,2196に天運をまもり、名をおもくし、死をかろくするをもて義とせり、此度待い
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