『大日本史料』 7編 7 応永12年正月~同13年5月 p.459

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出陣す、在陣の間に、るすの内婦くはいにんのうへに、大病をえてわつらふ, るゆへに、作善をいとなむことあたはす、たゝ三錢をもつて非人にほとこ, 燒香念佛するあひたに、塚の下に赤子のなくこゑきこゆ、あやしみてしは, す、毎日かくのことくほとこすに、とりみたす事ありて、二日間斷してすと, なり、すなはち使者を陣中につかはして、此よしをつくるなり、陣中不便な, ゆへに、不産して死去する、ふへんのゆへに、蓮臺野にをくりて土葬にする, 寺殿へめされてのほりし時、旅宿すなはち北山鹿苑寺殿ちかく、蓮臺野の, 名とけて開陣す、公方へ御禮申をはりてのち、蓮臺野に行て、かの塚を見て、, あたりにあり、伊勢の國丹生の庄御たいちの事あり、橋崎うけたまはりて, こさす、またあひつゝきて毎日ほとこす事まへのことくなり、陣事功なり, 靈山正法寺の開山國阿上人は、晩出家なり、在俗の時は、公方ほうこうの人, にて、名字は橋崎、名乘は國明、すなはち播州橋崎の庄の領主なり、相國鹿苑, 〔奇異雜談集〕五國阿上人發心由來の事, 〔參考〕, 像、東山雙林寺、, テノ異説, 幕府ニ奉, 公ス, 發心ノ動, 機ニ就キ, ニ出陣ス, 伊勢丹生, 應永十二年九月十一日, 四五九

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  • テノ異説
  • 幕府ニ奉
  • 公ス
  • 發心ノ動
  • 機ニ就キ
  • ニ出陣ス
  • 伊勢丹生

  • 應永十二年九月十一日

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  • 四五九

注記 (24)

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