『大日本史料』 3編 1 応徳3年11月~寛治4年雑載 p.307

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二方は將軍これをまく、一方は義光これをまく、一はうは清衡、重宗これを, うにみゆるほとに、龜次兜きなから鬼武かなきなたのさきにかゝりてお, 陣へつかはして、消息していはく、たゝかひやめられて徒然かきりなし、龜, いひをくれり、將軍出すへき討手をもとむるに、次任か舍人鬼武といふも, 撃手一人出してめしあはせ、たかひに徒然をなくさめられ侍るへきかと, あり、ならひなきつはものなり、是をこはうちと名付たり、武衡、使を將軍の, 次といふこはうちなん侍る、めして御覽すへし、そなたよりもしかるへき, 城の中よりおりくたる、二人鬪の庭によりあへり、兩方の軍目もたゝかす, ちぬ、將軍のいくさよろこひの時をつくり、のゝしる聲天をひゝかす、これ, を見て城中のつはもの、龜次か首をとられしと、うちよりくつはみをなら, これを見る、兩方すてによりあひて、うちあふ事半時なり、たかひにいつれ, すきまありともみえす、さるほとに龜次か長刀のさきしきりにあかるや, のあり、心たけく身のちからゆゝしかりけり、これをえらひていたす、龜次, まく、かくて日數をゝくるほとに、武衡かもとに、龜次并次と云二人の打手, さためてをのつからおちなんといふ、軍をまきて陣をはりてたてをまく、, 鬼武龜次, ト勇ヲ競, 寛治元年十二月二十六日, 三〇七

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  • 鬼武龜次
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  • 三〇七

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