『大日本史料』 12編 17 慶長十九年十二月~元和元年三月 p.928

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人數をあとめ、其指揮を待て馬に乘へしといひ、其身き忠次か陣にいた, むらかり退くところの敵を十騎二十騎馬をはせ〓乘破りしかは、長一, 十騎はかり、戰場より十町餘り隔たな高きところに登り、味方乃躰をう, り、犬山に陣すなところ乃池田勝入か働こゝろもとなし、すみやかに追, に追留の下知を傳へ、且馬より下立て、戰場より左のかた乃ものかさに, あ、すみやかに人數を引あくへしと仰下されしにより、諸手皆軍をおさ, へししさな、時に東照宮半途迄御出馬あり、天野作左衞門某を御使とし, かゝふ、信昌すなはちをのの陣にかへり、兵士等を馬に乘しめ、ものろ多, よりしつかに犬山の方に向てくり出す、彼斥候の輩これを見て兵をか, む、これにより池田勝入、稻葉伊豫守一鉄等、地利呆よりて陣伍をとゝ乃, しは〳〵もりかへし、人數をまとめ伍を正さむと次といへとも、叶はす, して大に敗北す、味方犬山のあたりあてこ〓を追撃し〓、首二百餘級を, 得たり、この時にあたり〓、忠次か軍勢も相進む〓逃るを追、信昌手の者, 留乃〓を傳へられよといふ、はたして勝入か斥候乃ものと見豊て、武者, へ、味方これを追は引受て戰はむとすといたとも、むなしく其謀を失へ, 元和元年三月十四日, 元和元年三月十四日, 九二八

  • 元和元年三月十四日

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  • 九二八

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  • 1201,686,61,2133人數をあとめ、其指揮を待て馬に乘へしといひ、其身き忠次か陣にいた
  • 1790,683,57,2114むらかり退くところの敵を十騎二十騎馬をはせ〓乘破りしかは、長一
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