『大日本史料』 10編 6 元亀2年3月~同年9月 p.362

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石塔を立、, 明神の御加護なるべし、, まへ、玖珂蓮華山には椙杜、倉懸には杉治部大輔陣とる、椙杜と杉と兩人降, かために、渡川に陣どり、内藤隆世は右田が嵩、陶五郎は富田若山に陣をか, つかはし内通しけるを、椙杜若川にて見つけ、數度の状をとりて元就へ捧, たる者もありときこゆ、此たびの合戰に、大に勝利を得たる事は、ひとへに, 人みな自害す、その首これなり、其外したれ〳〵の頭なりといふ、するはち, 同十二日に、元就嚴島より小方へ陣をうつす、大内義長は吉見をおさへん, 參をこひ、嚴島の陣にて人質を出して味方となる所に、杉より富田へ人を, 廿日市洞雲寺の内に陶が首を埋葬、禮の儀式かたの〓くに取おこなひて、, ぐ、うのゝち元就、隆元は、河内の壇へ陣をうつし、隆景、元春は御庄の町に陣, るゝ者あり、又深山にかくれ居て、木の實をくらひ、五六十日ありて、明年出, 内輝廣山口にみだれ入の時供奉す、その外舟にのり筏にのりて、にげかく, 生捕の者まく一萬におよぶ、陶が郎等伊香賀民部迯く豐後におもむく、大, 元就十一月朔日より十一日まで、嚴島に逗留す、うのあひだ實檢の頭并に, 元龜二年六月十四日, 三六二

  • 元龜二年六月十四日

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  • 三六二

注記 (17)

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