『大日本史料』 12編 17 慶長十九年十二月~元和元年三月 p.692

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領して、子孫の寶を得たる事哉、其故は、今度大阪御陣き、子共いさかひ礫打, 代の物具なく見苦敷とて、猿樂の法被を着て大坂へ立、家康公御覽被成、上, 〔大坂御陣覺書〕上十一月廿六日、, 杉原老武者、殊におとけものにて、古き鎧見苦敷とて、能の法被を着たりし, 杉家古發風にて錦の鎧直垂を着たり、皆々後學に見置候へと上意なりし、, 感状取たりと大に笑たる由なり、, 状少も望不存、已來とても、殿樣へ御奉公に、命を弃可申候、公方え奉公たて, と也、後日に杉原歸陣して、皆々に語候は、扨々今度は思も不寄御感状を拜, 可仕子細なたれは、御感状羨敷無之と申候由、又杉原常陸は今度御陣に重, 景勝家中、佐竹家來今, 後なとにては、今死ぬるか、明日死ぬるか、今か〳〵と思樣成烈き合戰に、明, 合の樣成ざれ事なれは、別に恐しき事も骨折事もなき也、むつし關東陣越, 度の合戰手柄仕候者共に、御感状被下候、中にも、上杉家老隅田大炊介哀、其, 日二ノ目の軍に、我敗軍せし吏を耻て、若黨五人にて、敵の中に殘申候、大炊, 暮あひたる時たに不取候感状を、今度の樣なる花見同前の事に、上樣の御, 備にて、大將を尋に、不見ニ付、扨は討死したるかと申處ニ、敵の内ゟ、大炊主, ○中略、鴫野今福, ノ戰况ニカヽル, ノ述懷, 杉原親憲, 元和元年正月十七日, 六九二

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  • ○中略、鴫野今福
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  • 杉原親憲

  • 元和元年正月十七日

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  • 六九二

注記 (22)

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