『大日本史料』 11編 3 天正10年12月 p.685

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ゝに遂、しろるに右府はれはた汝を惡む、我陣にありときことなは、かな, て志を變をす、敵といへとも常にこ〓を信す、今汝を得〓、年來の本慮こ, るをしる、殊に武田家衰微の期にをよひ多、汝一人孤城に據り、義を守り, つはつて令を下し、甲信の諸士を招く、來るものはすれはちこれを〓さ, また義を徳川家に立むにはしかしとて、二十日、小諸を發し、織田信忠か, へしといふ、よりて武田舊好乃士みれこきに從ぬ、信蕃はさをに東照宮, むと謀る、かならす往ことなろに、すみやろに遁きて、我陣に來るるしと、, せ〓市川乃御陣營にいたり、東照宮に拜〓し、こまより御麾下に列す、こ, 諏訪の陣におもむろんとす、ときに東照宮より脚力をして、頃日右府い, にとも右府〓に令し多信蕃を呼、信蕃おもへらく、我今右府の旨に應す, のとき仰ありけるは、我汝と兵を締ぬこと既に十年、汝ろ武勇の勝きた, るときは、東照宮の恩命を忘るゝに似とり、また往さるときき、右府のに, の恩命をかうぬるつゆへに、人質を捨て、往〓御麾下に屬をむとす、しろ, 懇の御書を下さる、信蕃これを拜戴して、たゝちに山路をしのき、終夜は, くむところかならす徳川家にをよはむろ、先往て右府に〓し、かさ手て, 天正十一年二月二十二日, ノ陣ニ赴, 信蕃信忠, カントシ, 家康信蕃, ヲ招ク, ノ武勇ト, 節義トヲ, 信長信蕃, 家康ニ〓, テ止ム, 褒ス, ス, 六八五

頭注

  • ノ陣ニ赴
  • 信蕃信忠
  • カントシ
  • 家康信蕃
  • ヲ招ク
  • ノ武勇ト
  • 節義トヲ
  • 信長信蕃
  • 家康ニ〓
  • テ止ム
  • 褒ス

ノンブル

  • 六八五

注記 (29)

  • 287,642,59,2103ゝに遂、しろるに右府はれはた汝を惡む、我陣にありときことなは、かな
  • 401,636,63,2111て志を變をす、敵といへとも常にこ〓を信す、今汝を得〓、年來の本慮こ
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  • 1098,641,62,2113つはつて令を下し、甲信の諸士を招く、來るものはすれはちこれを〓さ
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  • 1906,659,64,2099へしといふ、よりて武田舊好乃士みれこきに從ぬ、信蕃はさをに東照宮
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