『大日本史料』 11編 3 天正10年12月 p.684

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とす、ときに山本帶刀成氏を下され、汝勝頼かために命をゆたね、義を守, 汝今この一城を守り、いつのとをを期してか運を開かむや、縱よく保ち, りて榮をはろらす、實に感賞するにとへたり、後來我に屬し、よろしく軍, しかしと、これによりて信蕃、忠世に就て和平をなし、城を獻してさらむ, みと、あへて命に應をす、たゝちに兵をまとむて信濃國に歸る、すてにし, 右府の家臣森勝藏長一、すてに人質を監してこの城にあり、信蕃これに, 目山にをいて生害の訃あり、これによりてしはらく勞兵をいこし、かり, ろへ、木曾、穴山ろ徒反す、ゆへに駿河國の諸城みれわれに降る、しろるに, 手本國春日城にろへり、三月、なを勝頼の存亡を問のところ、去十一日、天, 忠を勵むへしとなり、信蕃伏してこたへたてまつるき、恩命の切なる比, 後へに從ぬときは、全く臣子乃義にあらす、殊に汚名を子孫にのこすの, 男康國等ろ安否をとはむと欲して、十五日、小諸城にいたる、とをに織田, するにものなし、しろきとも某、勝頼存亡をしらす、しつるに今台〓の, うるとも、また何の盆かあらむ、はやく城を避〓、兵の氣をたす〓むには, 對面す、また右府令を下し、甲信兩國の諸將我に屬せは、速に本領を授く, 天正十一年二月二十二日, 歸ル, 信蕃應ゼ, 春日城ニ, ニ孤城ヲ, 來屬セシ, ニ諭シテ, 家康信蕃, 死守ス, 康國小諸, 勝頼ノ爲, ニ質タリ, ズ, 六八四

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  • 歸ル
  • 信蕃應ゼ
  • 春日城ニ
  • ニ孤城ヲ
  • 來屬セシ
  • ニ諭シテ
  • 家康信蕃
  • 死守ス
  • 康國小諸
  • 勝頼ノ爲
  • ニ質タリ

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  • 六八四

注記 (29)

  • 1303,659,65,2110とす、ときに山本帶刀成氏を下され、汝勝頼かために命をゆたね、義を守
  • 1649,647,65,2117汝今この一城を守り、いつのとをを期してか運を開かむや、縱よく保ち
  • 1188,650,66,2121りて榮をはろらす、實に感賞するにとへたり、後來我に屬し、よろしく軍
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