『大日本史料』 11編 3 天正10年12月 p.710

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たてこもる深志の城へとりろけんと評議して、長時は〓口より追手に, より出馬して、村上ろ居城にとりつくるのよし、そ乃きこへあり、是によ, むろひ、村上は宮淵より搦手にむろはんと定るところに、武田晴信甲州, へて氷室に陣をはる、其節家人等催促に應するもの二千餘騎はせあつ, たる、未明に長時ろ士卒、村上か引しりそく事をおどろき、又晴信ろ大軍, の國人のこらす歸服して、明日は村上に同心して、馬場民部、日向大和ろ, りなり、か手てこの所存をしるならば、さしちがへはたすたきものをと, に引入、長時是をきゝていはく、堅約をたかへて城に歸る事無念のいた, 馬助、穴山、諸角等を村上にさしむけて、晴信ハ深志の後詰としてよせき, りて、村上かたより案内を長時に通することあたはすして、夜中に我城, のものとも武威におそもて降人となる、その外鹽尻、西牧、坂西等の逆意, く、いきどネる事あさろらす、然れとも晴信は村上によせずして、舍弟左, をおそ〓て欠落々れは、味方りりかに千騎にたらす、晴信が先手としき, まり、逆心の輩嶋立の城をはしめ、山邊、三村の城にとりかけし所に、城中, 村上は多峰原よりうち出、長時は河をこ, 天正十一年二月二十五日, コトヲ天文十九年三月ニ作ハ, ○寛政重修諸家譜長時譜、コ, 攻メント, スト風説, ノ居城ヲ, 晴信深志, 晴信義清, 義清居城, ニ後詰ヲ, ニ歸ル, ナス, 囘復セン, トス, ス, 七一〇

割注

  • コトヲ天文十九年三月ニ作ハ
  • ○寛政重修諸家譜長時譜、コ

頭注

  • 攻メント
  • スト風説
  • ノ居城ヲ
  • 晴信深志
  • 晴信義清
  • 義清居城
  • ニ後詰ヲ
  • ニ歸ル
  • ナス
  • 囘復セン
  • トス

ノンブル

  • 七一〇

注記 (31)

  • 1188,652,59,2103たてこもる深志の城へとりろけんと評議して、長時は〓口より追手に
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  • 1073,648,59,2111むろひ、村上は宮淵より搦手にむろはんと定るところに、武田晴信甲州
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