『大日本史料』 11編 2 天正10年7月 p.882

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よりる信蕃馬をはさて敵中にいり、四方にあたる、しかれとも敵強くして, る、信蕃すなはち家臣依田勘助某をして、大井にかはりる城を守らしむ、こ, を攻ること急なり、大井防くに術なく、和を請降參す、この日首をうる事, ふ、信蕃たゝちに筑摩川を渡らむとす、水深くしあかふとをひたす、よりて, 退かす、とおに歩卒二人鎗を提て、信蕃か左右より〓むとす、信蕃兩手にか, 衞門某はしり來りあ敵を逐、その身も創をかうぬる、よりて信蕃まぬかる, みやかに兵をあく、敵そのしりへをしとふて進みおたる、信蕃殿してこれ, しはらく鹽灘に屯し、先敵の強弱をこゝろみむかため、少しく城を攻すす, 方に離散す、大井もまた城中に走りいる、味方追討して城門にいたりこれ, にあたお、城將大井みつからすゝみて競ひかゝる、味方利なくして敗走す、, 三百餘級なり、昌幸ははしめより兵を動かさす、敵敗るゝをみて上田に歸, の二鎗をつかみ、勇を奮る力戰すといへとも、猶あやうし、家臣蘆田川又左, 蘆田小屋を發す、ときに昌幸も兵を率ゐて筑摩川の邊に陣し、岩村田に備, ゝ事を得とり、衆軍これをみあ、一時に競〓すゝみしかは、敵戰ひ屈して四, まより大井か家臣みな信蕃に屬す、中澤、小池、岩瀬、高月等これなり、東照宮, 大井ノ家, 昌幸戰ハ, 臣信蕃ニ, 屬ス, 鬪, 信蕃ノ奮, 康ニ抗ス, ズ, 天正十年十月是月, 八八二

頭注

  • 大井ノ家
  • 昌幸戰ハ
  • 臣信蕃ニ
  • 屬ス
  • 信蕃ノ奮
  • 康ニ抗ス

  • 天正十年十月是月

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  • 八八二

注記 (25)

  • 1218,661,68,2210よりる信蕃馬をはさて敵中にいり、四方にあたる、しかれとも敵強くして
  • 275,669,70,2205る、信蕃すなはち家臣依田勘助某をして、大井にかはりる城を守らしむ、こ
  • 510,659,68,2220を攻ること急なり、大井防くに術なく、和を請降參す、この日首をうる事
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  • 1455,657,66,2215みやかに兵をあく、敵そのしりへをしとふて進みおたる、信蕃殿してこれ
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