『大日本史料』 11編 3 天正10年12月 p.683

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

す、信蕃やむ事を得す忠世に就〓和を約す、十二月二十三日、濱松より大, 善九郎、源八郎二人を人質としてたてまつる、すてにして忠世士卒を城, もの多し、よりてこ乃城の押へとして、酒井左衞門尉忠次をのこされ)、兵, れは、みたりに城を避かたしといふ、勝頼劣たゝむ書を投しとこれを促, 日、雨はるゝにより城を明りたし、二俣川の邊にいたりて、互に質をかへ, めらるゝ事數十重、しかれとも城兵かつて屈とす、勇み進みて防戰す、と, 照宮、諸將をしてこれを攻らる、信蕃勇を奮〓これを禦く、寄手命を殞す, 事みくるし、近日晴を待てさるへしといひてる、猶堅くこれを守る、二十四, きに東照宮、大久保忠世をして仰くたさるゝは、頃年武田家の武威おと, を濱松に收めらる、十年二月、田中城に御進發あり、諸將をし〓城を圍し, 久保新十郎忠隣、榊原小平太康政を質として城中にいれらる、信蕃も弟, し、兵を收めて甲府に歸る、八年、勝頼乃命をう〓、駿河國田中城を守る、東, ついはく、某今日城をさらむ事を約すといへとも、諸勢簑笠を著て出む, 門ににろはし、はやく城を避む事をうなろす、とをに細雨霏々たり、信蕃, ぬたゝむこれを告といへとも、猶したかはす、勝頼の眞翰來るにあらさ, 天正十一年二月二十二日, 促ス, ニ致ス, 田中城ヲ, 城ヲ家康, 勝頼再ビ, 守ル, ヲ交ユ, 家康ト質, 六八三

頭注

  • 促ス
  • ニ致ス
  • 田中城ヲ
  • 城ヲ家康
  • 勝頼再ビ
  • 守ル
  • ヲ交ユ
  • 家康ト質

ノンブル

  • 六八三

注記 (25)

  • 1694,656,71,2125す、信蕃やむ事を得す忠世に就〓和を約す、十二月二十三日、濱松より大
  • 1462,653,75,2130善九郎、源八郎二人を人質としてたてまつる、すてにして忠世士卒を城
  • 660,654,64,2121もの多し、よりてこ乃城の押へとして、酒井左衞門尉忠次をのこされ)、兵
  • 1809,662,73,2118れは、みたりに城を避かたしといふ、勝頼劣たゝむ書を投しとこれを促
  • 1005,662,66,2104日、雨はるゝにより城を明りたし、二俣川の邊にいたりて、互に質をかへ
  • 430,657,62,2119めらるゝ事數十重、しかれとも城兵かつて屈とす、勇み進みて防戰す、と
  • 774,652,66,2126照宮、諸將をしてこれを攻らる、信蕃勇を奮〓これを禦く、寄手命を殞す
  • 1120,652,69,2126事みくるし、近日晴を待てさるへしといひてる、猶堅くこれを守る、二十四
  • 315,649,63,2119きに東照宮、大久保忠世をして仰くたさるゝは、頃年武田家の武威おと
  • 543,654,65,2123を濱松に收めらる、十年二月、田中城に御進發あり、諸將をし〓城を圍し
  • 1578,655,72,2128久保新十郎忠隣、榊原小平太康政を質として城中にいれらる、信蕃も弟
  • 889,656,67,2124し、兵を收めて甲府に歸る、八年、勝頼乃命をう〓、駿河國田中城を守る、東
  • 1235,666,68,2112ついはく、某今日城をさらむ事を約すといへとも、諸勢簑笠を著て出む
  • 1348,654,69,2128門ににろはし、はやく城を避む事をうなろす、とをに細雨霏々たり、信蕃
  • 1928,659,69,2115ぬたゝむこれを告といへとも、猶したかはす、勝頼の眞翰來るにあらさ
  • 219,629,43,469天正十一年二月二十二日
  • 1798,220,36,72促ス
  • 1012,231,41,107ニ致ス
  • 921,222,42,165田中城ヲ
  • 1055,219,43,173城ヲ家康
  • 1841,218,40,163勝頼再ビ
  • 882,221,36,73守ル
  • 1592,224,38,109ヲ交ユ
  • 1635,221,42,171家康ト質
  • 213,2305,41,117六八三

類似アイテム