『大日本史料』 11編 9 天正12年9月 p.226

Loading…

要素

ノンブル

OCR テキスト

扨は過夜、氏郷之三度まで渡し合たるは、中川庄藏にてありけるよと、氏郷仰られしとな, 樣も無し、立歸り首持せたる下人を尋けれとも、敵方へ被生捕行かたなし、是のみならす、, にて有ける、見永前にて氏郷に渡し合、氏郷之馬のしり脇をきりけるところを、田中新平, は何者そと生捕に尋は、中川庄藏と言ものなりと答けり、互にたれともしらさりけるか、, 首をことことく持せけり、庄村之前にて又氏郷と渡し合しかは、少藏〓に切て懸り、既に, 危くみへしか、氏郷いかゝ思われけん、鑓打上ケて還りたまふ、少藏歩行武者にて可追付, 氏郷之甲に鐵炮三ツあたり、千死一生之働、誠輕々敷大將にておはしける、木造勢も爰か, り、依て生捕之ものも、此趣を正藏にしらせよとて、たすけて〓し侍るほとに、木造方にも, と名乘て、二人之間と乘入、少藏と戰ひ、新平終申被討取けり、又須ケ瀬之内高橋と云所に, て、氏郷と少藏出合、馬上よりなくりたまふに、少藏は手へんを少切たまふ、少藏きられな, から、透間なく切て懸りける所に、黒川と名乘て、二人の間に乘入し程に、少藏頓而取て押, へ、首をとり、二ツの首を捨もやらす、心靜に退きけるが、堀内金右衞門か下人行合、此, 扨明ては松ケ嶋にて首持たる生捕之者を穿鑿しけれは、黒川、田中の首なり、取たるもの, しこより、やう〳〵引取けれは、具康安堵し、心地よけにうち見え、城中堅固こ成にける、, かくとはしらす、かゝる働は希代之高名とそ、敵も味方も感しけり、其後もせり合之戰有, 天正十二年九月十五日, 天正十二年九月十五日, 二二六

  • 天正十二年九月十五日

ノンブル

  • 二二六

注記 (18)

  • 412,652,69,2204扨は過夜、氏郷之三度まで渡し合たるは、中川庄藏にてありけるよと、氏郷仰られしとな
  • 982,647,69,2213樣も無し、立歸り首持せたる下人を尋けれとも、敵方へ被生捕行かたなし、是のみならす、
  • 1785,653,65,2209にて有ける、見永前にて氏郷に渡し合、氏郷之馬のしり脇をきりけるところを、田中新平
  • 527,653,69,2206は何者そと生捕に尋は、中川庄藏と言ものなりと答けり、互にたれともしらさりけるか、
  • 1210,643,72,2218首をことことく持せけり、庄村之前にて又氏郷と渡し合しかは、少藏〓に切て懸り、既に
  • 1092,650,73,2214危くみへしか、氏郷いかゝ思われけん、鑓打上ケて還りたまふ、少藏歩行武者にて可追付
  • 867,651,70,2209氏郷之甲に鐵炮三ツあたり、千死一生之働、誠輕々敷大將にておはしける、木造勢も爰か
  • 299,650,69,2211り、依て生捕之ものも、此趣を正藏にしらせよとて、たすけて〓し侍るほとに、木造方にも
  • 1671,652,66,2200と名乘て、二人之間と乘入、少藏と戰ひ、新平終申被討取けり、又須ケ瀬之内高橋と云所に
  • 1557,650,66,2211て、氏郷と少藏出合、馬上よりなくりたまふに、少藏は手へんを少切たまふ、少藏きられな
  • 1440,655,69,2211から、透間なく切て懸りける所に、黒川と名乘て、二人の間に乘入し程に、少藏頓而取て押
  • 1325,659,72,2201へ、首をとり、二ツの首を捨もやらす、心靜に退きけるが、堀内金右衞門か下人行合、此
  • 640,655,69,2200扨明ては松ケ嶋にて首持たる生捕之者を穿鑿しけれは、黒川、田中の首なり、取たるもの
  • 754,653,67,2205しこより、やう〳〵引取けれは、具康安堵し、心地よけにうち見え、城中堅固こ成にける、
  • 185,647,69,2211かくとはしらす、かゝる働は希代之高名とそ、敵も味方も感しけり、其後もせり合之戰有
  • 1907,691,45,419天正十二年九月十五日
  • 1907,691,46,420天正十二年九月十五日
  • 1900,2367,44,115二二六

類似アイテム