『大日本史料』 11編 14 天正13年3月 p.450

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殿御返事こは、煩しかと無御座候間、國にて療治仕候との、長秀へ御返事と聞へ申候、, 〔川角太閤記〕, 無心元と被思召、御才覺を被〓、方々御聞立被成候ニ、中國筑紫佐々内藏助所なとゝ, 石被進候處ニ、煩之由被仰、一圓ニ越前を不被出して、國ニ引籠被罷居候、秀吉被聞, 可渡事おしく御座候、如此入替、長秀を我等奉仰候は、凡日本には天下の望の人は有, 間敷候かと覺申候と被仰遣候へは、長秀はかんるいをなかし、煩もいつはりにては無, 御指圖も請申度候條、御煩も少々よく候は御上洛奉待候と被仰遣候處二、五郎左衞門, 御跡へ秀吉可參候、大坂之城、天下を相渡可申候、互ニか程迄仕たて、余人へ天下を, 今天下にそなはり候事は偏に長秀御かけ也、此上は天下を長秀と替り持に可仕候間、, 候、乍去いまた紀伊國邊も不相靜候、彼是談合可仕相手無御座候、此上も彌御指南, 一、是は于今世間の沙汰さたかに無御座候、丹羽五郎左殿へ加賀・越前兩國の間にて百萬, 〓文まはる樣ニ被聞召屆、又重而彦右衞門に靈社へ起請を被遊被遣候、其様子は、只, 召付、煩にてもやあるへき、又は國もすくなきとの不足かと思召、大坂より蜂須賀彦, 右衞門をひそかに御使ニ被立候、御煩いかゝ候哉、貴様御厚恩を以か程迄じやうし申, 天正十三年四月十六日, ○南葵文庫舊藏本, 三, 勝), 盟約ス, 秀吉長秀ト, 天正十三年四月十六日, 四五〇

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  • ○南葵文庫舊藏本
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  • 盟約ス
  • 秀吉長秀ト

  • 天正十三年四月十六日

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  • 四五〇

注記 (22)

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