『大日本史料』 11編 17 天正13年7月 p.397

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代りて城主たり、, 死すと云、其時の辭世歌略ス、, 若然る時は再ひ還るへからすと思ひ定めたりしが、果して和議ならす、此に至りて戰, 遣し和款を計らしむ、雪溪謂らく、此兵亂一朝に起らす、恐らくは事成り難からむ、, 數十人戰死す、雪溪は俗姓有馬氏にて島津義虎兵道の師有馬伊豫秀澄子なり、爲人温, 厚にして勇義あり、義虎是を師として敬重す、時に義虎東郷澁谷と戰ふ事、天文十六, 年より始り弘治三年に至るまて十有餘年、無盆の人民を害す、故に雪溪に命し澁谷に, 東郷澁谷の兩氏と此所に戰ひ、義虎大に敗れ、其將牧武藏胤用・長壽寺住僧雪溪其外, 纂考, 尻無川古戰場, 天文年中、島津義虎家臣有馬伊豫純秀、, 〔出水郡地誌備考〕阿久根郷, 此地出水街道なり、弘治三丁巳十一月七曰、山門院の領主島津義虎、, 纂考, 英禰城、, 纂考, 之内、略, 純一作, 山下村○中, 豐, 大河, 木, 山下村, 竝ニ雪溪, 義虎雪溪和, 尚ヲ尊敬重, 牧胤用, 師有馬秀澄, 義虎兵道ノ, 用ス, 有馬純秀, 天正十三年七月二十五日, 三九七

割注

  • 之内、略
  • 純一作
  • 山下村○中
  • 大河
  • 山下村

頭注

  • 竝ニ雪溪
  • 義虎雪溪和
  • 尚ヲ尊敬重
  • 牧胤用
  • 師有馬秀澄
  • 義虎兵道ノ
  • 用ス
  • 有馬純秀

  • 天正十三年七月二十五日

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  • 三九七

注記 (33)

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